阪神大震災被災者に耳傾けた24年…「週末ボランティア」活動終了へ

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復興住宅に住む被災者(手前)の話に耳を傾ける東條さん(奥)と佐治さん(2月23日、神戸市中央区で)=古賀愛子撮影
復興住宅に住む被災者(手前)の話に耳を傾ける東條さん(奥)と佐治さん(2月23日、神戸市中央区で)=古賀愛子撮影

 阪神大震災後、仮設住宅や復興住宅で、戸別訪問を続けてきた神戸市の市民グループ「週末ボランティア」が3月下旬、24年間の活動に幕を下ろす。これまで延べ約3万6600戸を訪問し孤独死を防いできたが、メンバーの減少や高齢化で活動が困難になった。代表の東條健司さん(78)は「孤立する被災者の気持ちを受け止め、寄り添う役割は果たせたと思う」と振り返る。

 「最近体調が悪くて不安。弟は遠くに住んでいるし……」。2月23日、神戸市中央区の復興住宅「HAT神戸・脇の浜」(18棟、約1600戸)で、東條さんは住人の女性(81)の話に耳を傾けた。

 女性は神戸市東灘区の自宅が全壊し、復興住宅へ入居。8年前に夫に先立たれてからは一人暮らしだ。「インターホンが鳴るとうれしいし、数少ない楽しみ。ここまで続けてくれてありがとう」。そう感謝する女性に、東條さんは「何かあったら連絡してね」と声をかけ、別れを惜しんだ。

 1995年の阪神大震災では一部損壊も含めて住宅約64万棟に被害が出て、30万人以上が避難生活を送った。仮設住宅は約4万8000戸建てられ、自宅再建が難しい被災者は約4万2000戸の復興住宅に移り住んだ。

 東條さんは神戸市須磨区在住で自宅と家族は無事だったが、周辺の民家は火事で焼失。「家をなくした人を支えたい」と避難所で炊き出しボランティアを始めた。仮設住宅への入居が進み、孤独死が増え始めた95年6月、活動内容を被災者宅の戸別訪問に切り替え、生活や体調の悩みを聞き取ってきた。

 「人のプライベートに立ち入るのは失礼では」という葛藤もあったが、玄関ドアに「どうぞお入りください」と貼り紙をして訪問を心待ちにしている男性や、「話を聞いてくれてありがとう」と喜んでくれる被災者の言葉が支えとなった。

 自宅が全壊し、仮設住宅に身を寄せていた佐治和江さん(82)(神戸市垂水区)も東條さんらに励まされた一人だ。「また来るからね。一緒に頑張ろう」。その言葉がうれしくて、自室をメンバーの活動拠点として開放。15年前に夫を亡くしてからは自ら週末ボランティアに加わり、被災者を支える側に回った。佐治さんは「恩返しをしたかった。今は活動が生きがいになっている」と話す。

 団体名の通り毎週末、訪問活動を続け、全国から約80人のボランティアが集まる日もあったが、参加者は年々減少。昨年10月からは月1回に減らしたものの、約10人の固定メンバーも高齢化し、今月23日の活動を最後にグループを解散することを決めた。

 「被災者から逆に勇気づけられ、活動を続けることができた」と振り返る東條さんだが、気がかりなのは、兵庫県内の復興住宅では昨年1年だけで計70人も孤独死していることだ。「グループはなくなっても、個々での見守り訪問は続けたい。まだやれることはあるはず」。自らにそう言い聞かせている。

490814 1 ニュース 2019/03/15 15:00:00 2019/03/15 16:01:21 2019/03/15 16:01:21 住民(手前)の話を聞く東條さん(奥)と佐治さん(23日午後4時47分、神戸市中央区で)=古賀愛子撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190315-OYO1I50003-T.jpg?type=thumbnail

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