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信長、秀吉の書状など文書194点…清水寺塔頭で見つかる

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見つかった願阿への綸旨(京都市東山区の清水寺で)=河村道浩撮影
見つかった願阿への綸旨(京都市東山区の清水寺で)=河村道浩撮影
織田信長が自軍に清水寺での放火や殺生を禁じた文書
織田信長が自軍に清水寺での放火や殺生を禁じた文書

 世界遺産・清水寺(京都市東山区)の 塔頭たっちゅう成就院じょうじゅいん 」で、織田信長、豊臣秀吉らの書状や室町時代~幕末の歴代天皇の関連文書など計194点が見つかった。天皇が成就院のトップを任命した 綸旨りんじ (命令書)といった新発見の文書も含まれていた。専門家は、権勢を誇った寺社勢力と朝廷、武家との関係を示す史料としている。

 文書は下坂守・京都国立博物館名誉館員(日本中世史)らによる成就院の書庫の整理調査で見つかった。53点が新発見で、残りの多くは明治19年(1886年)から東京大史料 編纂へんさん 所が写しを作成した「成就院文書」の原本。約130年間、行方がわからなくなっていた。

 新発見の文書のうち綸旨15点は、清水寺が焼失した応仁の乱(1467~77年)以降の天皇が、寺の財務を担っていた成就院のトップ「 上人しょうにん 」を任命した文書。乱の前後に在位した後土御門天皇、秀吉や徳川家康が権勢を振るった頃の後陽成天皇ら約380年間の11人が、乱後に清水寺を再興した 願阿がんあ ら13人を任命していた。寺は天皇の後ろ盾を得て再建や修繕のため寄付を集め、朝廷は財力のある成就院から支援を受けていたとみられる。

 成就院文書の原本には、足利尊氏の花押が入った寺への土地の寄進状(1335年)や、信長が自軍に清水寺での放火や殺生を禁じた文書(1568年)、秀吉が有馬温泉で湯治した際、浴衣2枚を成就院から贈られたことへの礼状(年不詳)などがあった。

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2190334 0 ニュース 2021/07/08 15:00:00 2021/07/08 15:00:00 2021/07/08 15:00:00 見つかった願阿上人の綸旨(手前の2点)について説明する下坂・清水寺史編纂委員(7日午後、京都市東山区の清水寺で)=河村道浩撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210708-OYO1I50001-T.jpg?type=thumbnail

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