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被爆ピアノ永遠の響き 被爆2世の調律師、広島に資料館オープン…「平和の尊さ感じて」

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開館した資料館。被爆ピアノの調べが披露された
開館した資料館。被爆ピアノの調べが披露された
開館式であいさつする矢川光則さん(15日午前、広島市安佐南区で)=いずれも金沢修撮影
開館式であいさつする矢川光則さん(15日午前、広島市安佐南区で)=いずれも金沢修撮影

 原爆に遭った「被爆ピアノ」の修復を手がける調律師で、被爆2世の矢川光則さん(69)が15日、広島市安佐南区の自身の工房の隣に被爆ピアノの資料館をオープンさせた。一部のピアノは来館者が弾くことができ、子どもたちの平和学習の場として活用してもらいたいという。(寺田航)

 地元住民らの協賛金も得て、約1200万円かけて、自宅に併設する調律用の工房のそばに約90平方メートルの木造平屋を建てた。爆心地から約1・5キロで被爆した100年以上前のアップライトピアノを含む被爆ピアノ6台のほか広島県呉市や名古屋市の空襲で損傷した「空襲ピアノ」2台も設置。いずれも矢川さんが修復した。演奏会や講演会が開けるスペースも設けている。

 1998年に、被爆者団体から寄贈され、修復したのが被爆ピアノとの出会いだった。内部に入り込んだガラス片を取り除いたり、切れた弦を張り替えたりしたが、なるべく当時の部品を残し、表面の傷もそのままにすることを意識した。これまでに少なくとも6台の修復を手がけた。

 2001年の広島原爆忌で、初めて平和記念公園(広島市中区)で被爆ピアノが演奏された。多くの人から矢川さんに「感動した」との声が寄せられたという。被爆60年だった05年頃から全国の学校や自治体の招きで、プロのピアニストらによる被爆ピアノのコンサートを開いており、これまでにすべての都道府県の約1500か所を回った。

 17年に「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」がノーベル平和賞を受賞した際には、ノルウェー・オスロで開かれた記念イベントにピアノを提供した。

 矢川さんの両親は被爆者だったが、被爆体験を語ることはなかった。「両親には話せない記憶だったのだろう。被爆ピアノと関わらなければ、私自身が平和の発信を意識することはなかったと思う」と振り返る。

 最近は、ピアノを積んだ4トントラックを自ら運転して全国を回るのが体力的に厳しくなり、資料館の開設を思い立ったという。

 この日午前の開館式では、招かれたピアニストが被爆ピアノで3曲を披露。矢川さんは「傷だらけのピアノが奏でる美しい音色に身近に触れ、平和の尊さを感じてほしい」と話した。

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2208892 0 ニュース 2021/07/15 15:00:00 2021/07/15 15:00:00 2021/07/15 15:00:00 開館し、演奏が披露された被爆ピアノ資料館(15日午前10時47分、広島市安佐南区で)=金沢修撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210715-OYO1I50003-T.jpg?type=thumbnail

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