宝物のちから<中> 写経国挙げ安寧願う、書の文化奈良時代に発展…第73回正倉院展

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今も各地で行われている写経。平穏を願う思いは変わらない(奈良市の海龍王寺で)=中原正純撮影
今も各地で行われている写経。平穏を願う思いは変わらない(奈良市の海龍王寺で)=中原正純撮影
出展される筆
出展される筆
出展される墨
出展される墨

 国難の続いた奈良時代、社会の安寧を願うため、大仏造立と同時に行われた国家事業に写経がある。

 夫の聖武天皇とともに仏教に帰依し慈善事業にも取り組んだ光明皇后が、とくに心血を注いだプロジェクトだ。唐に留学した 玄■(げんぼう) という僧が、大量の経典と目録を持ち帰ったのを機に役人を動員して始めた。疫病流行のさなか、736年のこととされる。

 光明皇后に関する著書がある瀧浪貞子・京都女子大名誉教授は「皇后には、みんなで気持ちを一つにして写経を行い、世の平穏を得たい思いがあったのではないか」と推測する。

 足かけ20年で仕上がった経典は約7000巻にのぼり、願文に記された日付から「五月一日経」とも呼ばれる。のちに日本仏教の基本テキストになり、うち750巻が残っている。その一部が今年も出展される。

 瀧浪氏は「コロナ禍のいま、それは過去の日本人が歩んできた道を確認できる大切なもの」と強調する。

 写経の現場はどんな状況だったのか。「印刷機もない時代、仏教に救いを求め、すべての経典を写そうという大変な作業だった」と、正倉院文書に詳しい丸山裕美子・愛知県立大教授は言う。

 東大寺などに官営の写経所が設置され、事業は組織的に展開されていく。携わる役人は写経生と呼ばれ、字が上手な者が選抜された。

 常時30~50人程度が書写、校正、装丁を分担し、泊まり込みで働いた。脱字や誤字にはペナルティーが科せられる出来高払いだったという。

 時間と労力を費やした写経事業。ひたすら筆を走らせる写経生も随分ハードな日々を過ごしたことだろう。

 丸山氏はそこに宿る思いを想像する。「多くの人が疫病に倒れる事態を目の当たりにし、仏教によって人々の安寧を祈念したのがこの事業だった。ありがたい教えを天下に流布し、災いを消すという願いが込められている」

 現代にも、その願いは息づいている。かつて玄■が住職を務めたという奈良市の海龍王寺。参拝者らが写経に励むかたわらで、石川重元住職は語る。「当時、荒波を乗り越えていくには祈るしかなく、思いを具現化したのが写経だったのだろう。世の安寧を願う思いは、まさにいまも変わらない」

 写経事業に伴い発展したものもある。「 筆墨硯紙ひつぼくけんし 」に代表される書の文化だ。今年はそうした貴重な品々がまとまって公開される。

 中でも奈良時代のような古い時期から同じ場所で保存されている筆は、正倉院を除いて他にないという。

 筆記具を研究する大東文化大非常勤講師の日野 楠雄なんゆう さんは「書の文化は平安時代に花開いた。正倉院の筆は、その形成期の時代の頂点にあたるもので、日本文化の原点といえる」と説く。

 今月、文化審議会は書道を登録無形文化財にするよう答申した。いま見直される身近な文化は、厳しい国難の時代に育まれた。そんな事実を宝物は教えてくれる。

(■は、日へんに方)

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