宝物のちから<下> 心に光 原点の記憶、終戦翌年 列なした人々…第73回正倉院展

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第1回展が開かれた奈良国立博物館の旧本館(手前、現・なら仏像館)。奥の2棟は近年の会場となっている新館(奈良市で、本社ヘリから)=尾崎孝撮影
第1回展が開かれた奈良国立博物館の旧本館(手前、現・なら仏像館)。奥の2棟は近年の会場となっている新館(奈良市で、本社ヘリから)=尾崎孝撮影
出展される「青斑石硯」。正倉院宝物で唯一の硯だ
出展される「青斑石硯」。正倉院宝物で唯一の硯だ

 ようやく秋めいてきた奈良市の奈良国立博物館周辺では、資材を運ぶ車が往来し、正倉院展の準備が進む。

 コロナ禍の中では2度目の開催。昨年は各地でイベントの中止が相次ぎ、同博物館も春に3か月間休館を余儀なくされた。正倉院展に関しても中止すべきではないかという慎重論があったという。

 それでも開催への決断を促したのは、「こういう時こそ多くの人を元気づけるために開くべきだ」という考えからだった。それは、正倉院展の原点の記憶だ。

 正倉院展が初めて開かれたのは終戦翌年の1946年秋だった。戦中、被災を避けるため同博物館の前身・奈良帝室博物館に「疎開」していた正倉院宝物を元に戻す際、市民から公開を求める声が上がったのがきっかけだ。

 それまでごく一部の人しか見られなかった宝物を鑑賞しようと、博物館前は長い行列ができ、計20日間で14万7487人が詰めかけた。

 「敗戦直後の虚脱した人々の心に初めて一抹の光らしいものが し込んだ感じで、国家の事業としても時宜を得た催しであった」。新聞記者として取材した作家井上靖はこう著書につづっている。

 87歳の森本公誠・東大寺長老は小学6年の時、行列に並んだ。陸軍軍人だった父が戦犯として捕まり、貧しさと空腹の日々だった。なぜ訪れたのか覚えていないが、感激した記憶はかすかに残る。

 「日本人はみな打ちひしがれていた。1200年も前のすばらしい宝物を目にして意気消沈した魂を呼び覚ますことができたはずだ」

 その原点がいまの正倉院展を支える。奈良国立博物館の内藤栄・特任研究員は「始まった時と変わらぬ思いで、今年も準備したい」と話す。

 正倉院展は戦争が終わってから始まった。今春着任した井上洋一館長は、いまも無事に開催できることをけっして当たり前ではないと感じている。かつてシリアなどの遺跡の発掘や修復に携わり、紛争で文化財が破壊されるのを目の当たりにしたからだ。

 「正倉院展は平和の尊さを教えてくれる。これほど長い間、大切に残された文化財は世界にもない。そこに凝縮された記憶や物語に触れることで、心を豊かにしてほしい」と井上館長は願う。

 実は今回、第1回展の宝物33件の一つが出展される。青い蛇紋岩と精巧な木画細工で彩られた「 青斑石硯せいはんせきのすずり 」という正倉院宝物唯一の硯だ。

 当時、森本少年も通り抜けた入り口そばの第1室で、光明皇后の直筆の書や筆記具と並んで展示された。今年もまた、別の光明皇后の書と筆記具とともに公開される。

 森本さんは、正倉院展に思いを寄せる。「宝物に出あうことで、先人たちが数々の苦難を乗り越えてきたことがわかる。そして、私たちにもそれができないことではないと教えてくれる。宝物にはそんな力がある」

(社会部・小栗靖彦、編集委員・赤木文也が担当しました)

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