「ここが古里」料理で支え

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 ◇道の駅「お茶の京都 みなみやましろ村」食堂部部長 矢上 雅文さん40

調理場で若いスタッフを盛り上げ、調理の基礎を教える矢上さん。村のにぎわいを支えている(南山城村で)
調理場で若いスタッフを盛り上げ、調理の基礎を教える矢上さん。村のにぎわいを支えている(南山城村で)

 「もう少しや、頑張ろか」。スタッフを朗らかに励ます声が調理場に響いた。

 鶏肉をタマネギやニンニク、ニンジンなど地元野菜をベースにした漬け込み液にくぐらせる作業を手早くこなす。「こうすれば肉はしっとり、軟らかくなる」

 2017年4月にオープンした道の駅は、南山城村が地域活性化の拠点として建設した。その成功のカギを握る食堂部門責任者として約1年、腕を振るってきた。

 それまではマレーシアのリゾート地、ペナン島で料理店を営んでいた。生まれは栃木県。縁もゆかりもなかった同村で、タケノコや抹茶など特産の食材を生かしたメニュー開発に知恵を絞り、スタッフ14人をまとめる。森本健次社長(51)は「厨房ちゅうぼう全体をよくまとめ、何より食材の生かし方を知っている」。手仲圓容かずよし村長(79)も「住民ともすっかり打ち解けている」とうなずく。

 父が転勤族で幼少から全国を転々とし、「古里はない」と思っていた。料理を楽しみに村を訪れる人々、にぎわいを喜ぶ住民の顔を見るたびに、その思いは変わりつつある。

   ◇

 村にたどり着いたのは、ほんの偶然だった。

 高校卒業後、4年ほど熱帯園で爬虫はちゅう類の世話をした。仕事を辞め、海外駐在の父を頼って中国へ。バックパッカーになって山岳地帯に住むチベットの人たちと交流し、中国全土を旅した。やりたいことを探していた。

 所持金が底をついた25歳の頃、北京の和食レストランで働き始めたことが転機になった。10年ほど続け、料理の基礎を学んだ。結婚して1人目の子が生まれると、「美しい海のそばで子育てを」とペナン島へ。36歳で島に店を構え、親しい人たちと飲み明かす満ち足りた日々を過ごした。

 島を去るきっかけは、家族ぐるみの付き合いだった中国人の親友が病で急死したことだった。自身は3人目の子が生まれたばかりで、長男は小学校進学を控えており、「海外生活も潮時」と考えた。妻の陽子さん(43)がネットで仕事を探していた時、村が出していた求人を見つけた。それが完成を間近に控えた道の駅だった。

 子どもを連れて真冬の日本へ。雪化粧をした村ではしゃぐ子どもたちの姿を見て、心を決めた。

   ◇

 1歳から小2の子3人も村にすっかりなじんだ。マレーシアではけんかも英語だったが、関西弁が口をついて出るようになった。

 道の駅は初年度、食堂部の奮闘もあって目標を超える約3億9000万円を売り上げた。少子高齢化に悩む村は、道の駅に大きな希望を寄せている。心の赴くままに暮らした若い頃とは違う、充実感がある。

 「子どもたちが南山城村を『ここが古里だ』と思ってくれたらうれしい」。腕によりをかけた料理で、村を支える。(今村正彦)

   

   

 やがみ・まさふみ 栃木県小山市生まれ。幼少期は父の転勤で北海道や福岡などで暮らし、東京都内の高校を卒業。動植物園での飼育係などを経て中国へ渡り、レストランで修業。2014年、ペナン島で飲食店「ネスト」を開き、料理の腕を磨いた。海外生活は通算18年に及んだが、昨春から南山城村で家族とともに暮らす。

21474 0 きょう・人・十色 2018/05/14 05:00:00 2018/05/14 05:00:00 調理場で若いスタッフを盛り上げ、調理の基礎を教える矢上さん(南山城村北大河原で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180513-OYTAI50009-T.jpg?type=thumbnail

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