移住先駆者 茶の町活性

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◇和束町で茶の生産、販売に取り組む 野池佑磨さん 37

移住して、茶の生産や茶製品の製造・販売に取り組む野池さん(和束町で)
移住して、茶の生産や茶製品の製造・販売に取り組む野池さん(和束町で)

 宇治茶の生産量の4割を占める「茶どころ」和束町で、無農薬にこだわった茶を1万平方メートルの畑で栽培し、ペットボトル入り茶の製造・販売も手がける。

 「お茶の世界は究めだしたらきりがない。ほどほどの労力で、ほどほどのお茶をつくるのがポリシー。究めたら、すごいお茶が出来るかも」と冗談めかして言う。

 和束町には2006年、移り住んだ。大学生の時、同級生から「割がいいから」と誘われて始めた町内の茶工場でのアルバイトで、茶と出会ったことがきっかけだった。夕方から翌朝まで茶葉の袋詰めなど最終工程の一部を担当していたが、「短期間にまとまった収入になることが最大の魅力で、特に茶自体への興味はなかった」と振り返る。

 だが、京田辺市のキャンパスから電車とバスを乗り継いで1時間半、車窓から茶畑を眺めながら工場と大学を往復するうち、茶への愛着がわき、「自分のお茶を作れたら」と、移住を決心した。

 大学を卒業し、東京の不動産販売会社で1年だけ働いたが、実は「母親を安心させるため」だった。お金をためると、和束町に舞い戻った。

 親類も知り合いも特にいなかったが、持ち前の人なつこさで耕作放棄地を借り受け、栽培方法も先輩農家から教えてもらった。茶の栽培を身に付けるだけでなく、事業として軌道に乗せることも早くから意識し、販路の開拓にも力を入れた。2年目からは、全量を独自ルートで販売できるようになった。

 2015年12月には、念願の合同会社を地元の知人と2人で設立。作った茶葉を売るだけでなく、多くの人に飲んでもらうことにも力を注ぐ。

 昨年6月に発売した「玄米入りほうじ茶 明治150年」は、薩摩、長州など明治維新ゆかりの8産地の茶葉や玄米をブレンドした。開発には5か月かけ、ゆかりの地の茶を使うだけでなく、「それぞれの茶葉の個性を消すことなくすっきりした味わい」を追求することにこだわった。売れ行きは上々で、「これからも茶農家としてやっていく自信になった」と笑顔をみせる。

 「山がちの畑が多く、傾斜がきつくて高齢者には難しい。お金はいらないから、茶畑を引き継いでほしい」と声をかけられることもある。農業を取り巻く環境は厳しいが、光も見えてきた。町によると、移住・定住者は18年までの5年間で10人が都市部から移住してきた。

 移住の先駆者として、和束茶のブランド力を磨けば、町は元気になる。そう信じて挑戦を続けるつもりだ。(今村正彦)

 

 ◆のいけ・ゆうま 1981年、愛知県春日井市生まれ。2005年、同志社大学を卒業。15年に設立した合同会社「茶油屋ちゃぶらや農場」(和束町)の代表を務める。「玄米入りほうじ茶 明治150年」は、二条城(中京区)や和束茶カフェ(和束町)、山口県萩市、高知市などで販売。ペットボトル入りではほかに、「大政奉還」にちなんだ商品も17年に発売した。

19825 0 きょう・人・十色 2019/01/15 05:00:00 2019/01/21 13:31:44 薩長や会津の茶葉などをブレンドし人気を集めたペットボトル入りのお茶「明治150年」(和束町で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190114-OYTAI50001-T.jpg?type=thumbnail

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