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車いすフェンシングで東京パラリンピック出場を目指す恩田さん(南区で)
車いすフェンシングで東京パラリンピック出場を目指す恩田さん(南区で)

車いすフェンシングで東京パラ出場を目指す 恩田竜二さん 44

 床に固定された車いすに座って戦う「車いすフェンシング」で東京パラリンピック出場を目指す。現在は7月にポーランドで開催が予定されているワールドカップに照準を合わせる。試合の感覚を研ぎ澄ます意味で重要な大会でもあり、練習拠点にしている元京都市立山王小(南区)の校舎に設けたトレーニングセンターには、剣をはじき合う鋭い音が響く。

 元々は、バレーボール選手だった。愛知県の強豪高を卒業後、2003年に三重県の実業団チームに入部したが、翌年、勤務先の自動車部品工場で荷物を運んでいた際に転倒し、崩れてきた部品の下敷きになって脊髄が傷ついた。

 「事故の瞬間から足の感覚がなかった。動けなくなると覚悟したが、認めたくなかった」。下半身の自由がきかなくなり、約半年間のリハビリを経て、車いすでの生活が始まった。バレーボールはあきらめざるを得なかった。

 「車いすでもスポーツを楽しめるはず」。妻・美和さん(45)の勧めで車いすテニスを始めた。バレーボールと同じ球技のため、親しみやすいと考えたが、15年、車いすフェンシングを試したところ、固定された車いすから上半身を動かし、相手選手と駆け引きする面白さに魅了された。

 「子供の頃に友達と遊んだチャンバラみたいな感覚だった」。初めて参加した大会は約3か月後の世界選手権だった。1ポイントも取れない試合が続いたが、「自分が楽しむためにも勝てるように練習する」と決意。よくしなり、体にばちんと当たる剣であざだらけの上半身が練習量を物語る。

 18年のアジア大会では、障害の重いカテゴリーBで、上半身の突きと斬る動作で戦う「サーブル」で銀メダルを獲得した。世界ランキング上位に食い込むようになり、19年に入ると、五輪内定に手が届きそうな位置につけていた。

 そんな時期、新型コロナウイルスが国内でも猛威をふるい始めた。大会は延期となり、昨春の緊急事態宣言中は南区のトレーニングセンターも閉鎖され、練習拠点を失った。

 手助けしてくれたのは美和さんだった。自宅の駐車場にマネキンを置き、印をつけた場所に剣を当てる練習を繰り返した。重たい道具を運ぶのは美和さんが手伝ったという。競技経験のない美和さんも全身にプロテクターを着けて夫婦でトレーニングを重ねた。

 2回目の宣言下では、練習時間を短くするなど感染対策に気を使い、練習を続けた。ただ、世界の感染状況をみると、無事に今後の大会が開かれるか不安になるという。

 約1年間、実戦から遠ざかっている。「課題が分からないのが課題。どれだけ自分が前進したかも確認できない」と、試合などで世界のトップ選手との実力差などを体感できない難しさを感じている。

 東京パラリンピックは8月24日に開幕する。「出場できたら、最低でも決勝に進みたい」と目標を語る。開会式翌日の25日は「サーブル」の試合が行われる。恩田さんは「金メダル第1号になって妻やお世話になった人に恩返ししたい。競技にも注目してもらえるきっかけにしたい」。(内田桃子)

◆おんだ・りゅうじ 1976年4月、愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。毎週末、車で約1時間半かけて京都市の練習場所に通っている。2005年に三重県庁に採用され、11年から競技に専念。18年に入社した三交不動産(津市)では、自社HPの管理、社内IT環境の管理を担当している。

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1959257 0 きょう・人・十色 2021/04/04 05:00:00 2021/04/04 05:00:00 車いすフェンシングでパラリンピック出場を目指す恩田さん(南区で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210403-OYTAI50005-T.jpg?type=thumbnail

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