<8>異文化集結 最適な場

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学研都市の将来像を語る柏原理事長(精華町で)
学研都市の将来像を語る柏原理事長(精華町で)

◇関西文化学術研究都市推進機構理事長 柏原康夫さん79

◇リスク分散 立地進む

 京都、大阪、奈良の3府県にまたがる「けいはんな学研都市」の開発は、平成に入ってから加速した。開発初期はバブル経済崩壊の影響で苦戦したが、現在は圏域拡大も検討されるほどになった。次の時代の科学技術をリードするための手は。学研都市の開発を担う関西文化学術研究都市推進機構の柏原康夫理事長(79)に聞いた。

 学研都市に私が初めて関わったのは1992年(平成4年)、京都銀行で営業開発部長をしていた時でした。当時地盤沈下が進んでいた関西にとっては絶対に進めなくてはいけない計画だとの認識は広く共有されていました。

 ただ、高い理念の下での壮大な構想なので簡単ではないとは思っていました。新しい街が出来る期待感はあったけど、バブル経済崩壊後で、企業の研究所設置機運は大きく後退していました。学研都市でも、交流施設けいはんなプラザの運営会社の経営がまずいとか、企業が撤退するとか、いい話はなかった。

 〈2011年、推進機構理事長に就任する直前、東日本大震災が発生した〉

 企業や行政がリスク分散を考えるようになって、この地域が研究所や工場の立地場所に適しているとの印象を与えたのでしょう。140余りの研究施設や文化施設などが立地するまでになりました。

 こうした施設が集まることで高速道路や鉄道といった交通網が整備され、周辺の人口が増加し、府南部の活性化に寄与しています。

 もし学研都市が建設されず、その代わりに研究施設が首都圏に立地していたとすれば、関西の地盤沈下は一層進み、府南部の発展も遅れていたでしょう。

 今も進出を希望する企業はあるが、まとまった造成地がない。京田辺市周辺の土地をどう活用するかを府が調査中です。

 〈京都だけでなく関西全体の底上げに、学研都市が果たすべき役割は大きい〉

 神戸医療産業都市や大阪・梅田にあるグランフロント大阪の中核施設ナレッジキャピタルなど各拠点が強みを生かしながら相互に補完し合う必要があります。

 日本文化の拠点として世界から認知されている京都と奈良にまたがる学研都市は異文化の人々が集まる最適な場だと思います。25年に大阪で開かれる国際博覧会(万博)で、学研都市や研究が進む技術を紹介することも考えています。(聞き手・道念祐二)

 

◇企業や大学施設も

 けいはんな学研都市(正式名称=関西文化学術研究都市)の基本構想は1982年(昭和57年)、国土庁(現・国土交通省)が公表し、推進機構は86年に発足した。

 つくば研究学園都市(茨城県)とともに国家的プロジェクトに位置づけられ、総面積約1万5000ヘクタール。12の文化学術研究地区に研究所や文化施設、大学施設が立地している。

 「都市びらき」は94年(平成6年)だが、研究施設として立地第1号の国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は89年(平成元年)に開所した。地球環境産業技術研究機構(RITE)、国立国会図書館関西館など公的機関のほか、オムロンや京セラ、パナソニック、日本電産といった大手企業、中堅企業も研究開発や生産拠点を構える。

 大学では同志社大京田辺キャンパスのほか、京都大や府立大が農学系の研究拠点を置く。

 

 ◆かしはら・やすお 1939年、兵庫県生まれ。63年、滋賀大経済学部卒、京都銀行入行。98年頭取。会長を経て、2015年から取締役相談役。京都商工会議所副会頭や関西経済連合会副会長など経済団体の役職を務めるほか、府観光連盟会長や京都市観光協会長として観光振興にも取り組む。11年6月から、推進機構理事長。

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9788 0 平成@Kyoto 2019/01/11 05:00:00 2019/01/21 13:27:54 学研都市の将来像を語る柏原理事長(精華町で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190110-OYTAI50005-T.jpg?type=thumbnail

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