<9>花街 切磋琢磨し発展

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

200年続く「富美代」ののれんを守ってきた太田さん。「お客様にほっとしてもらうのが一番の願い」と語る(東山区で)=長沖真未撮影
200年続く「富美代」ののれんを守ってきた太田さん。「お客様にほっとしてもらうのが一番の願い」と語る(東山区で)=長沖真未撮影

◇京都花街組合連合会長 太田紀美さん78

◇財団設立 芸舞妓の夢支援

 バブル崩壊やリーマンショックなど、平成時代に続いた不景気の影響で、京都五花街の担い手が減っている。江戸時代から300年以上の歴史がある花街文化を守っていくには、何が必要だろうか。祇園甲部の老舗のお茶屋「富美代とみよ」(東山区)の八代目女将おかみで、五花街でつくる京都花街組合連合会長の太田紀美さん(78)に語ってもらった。

 仕事始めは1月5日でした。この時期には、ゴボウやごまめ、黒豆を少しずつ入れたお皿と、赤い酒杯、ハマグリの吸い物を付けた祝い膳を出します。日の丸模様のお膳で出すので「日の丸膳」。明治以前から代々、受け継いできた風習です。お客様から「今日は楽しかった」「ほっとした」と言っていただくのが、一番のやりがい。どうしたら喜んでもらえるかを考えて、芸舞妓げいまいこさんや料理を手配し、宴会の流れを作り出すのが女将の仕事です。

 〈富美代は1817年(文化14年)創業。店は女主人が継承し、八代にわたって続いてきた〉

 小さい頃から「将来は、八代目」と言われて育ち、小学校の作文には、将来の夢を「八代目」と書きました。若女将として修業していた時にある男性との間に娘を授かりました。女将は結婚してはならないという家訓があり、家業を継ぐか、結婚するか選択を迫られましたが、生まれ育った祇園町を離れることはできず、未婚のまま娘を育てることにしました。

 出産したのは2月で、2か月後の舞踊公演「都をどり」に向け、切符をお願いするためにお客様の所を回りました。体調が戻らずつらかったのですが、私の居場所はここなんだと強く思いました。成長した娘の直美(46)も、九代目を継いでくれることが決まっています。

 〈京都市観光協会と五花街などは1996年(平成8年)、花街文化の継承に取り組む「京都伝統伎芸ぎげい振興財団」(おおきに財団)を設立した〉

 財団の役員でもある各花街の組合長が顔を合わせる機会が増え、交流が密になりました。昔は「自分の家のことは絶対言わへん」という雰囲気がありましたが、色々な情報交換ができるようになりました。

 例えば、2011年3月の東日本大震災。直後に四花街で春の舞踊公演を控えていましたが、全国的には自粛ムードが広がり、花街の中からも「今回はやめなあかんやろ」との意見が出ていました。しかし、私は「暗い時だからこそ、京都から明るさを届けましょう」と開催を提案し、他の花街も合意してくれました。各会場では、芸舞妓さんが義援金を募り、被災地へ送りました。忌憚きたんなく意見が言える関係にあったからこそ、意思統一ができたのです。五花街はライバルですが、切磋琢磨せっさたくましながら一緒に発展していけたらと思います。

 〈バブル崩壊後、旦那衆と呼ばれる有力な客が減り、お茶屋の経営は厳しくなった。女将の高齢化や後継者不足も課題となっている〉

 お茶屋は華やかに見えて仕事量が多いです。よほどの覚悟がないとできず、いちがいに始めなさいよとは言えません。

 最近は、気心の知れている芸妓さんに後を継いでもらうお茶屋が出てきました。住み込みで働き、のれん分けしてもらう昔ながらのやり方はできないので、いい傾向だと思います。

 花街のおもてなし文化の継承のため、芸舞妓さんの数を維持していかなければなりません。祇園甲部の八坂女紅場にょこうば学園では、わずかな月謝で何科目でも何時間でも学ぶことができ、芸舞妓さんを支援しています。あとは、どうやって将来の夢を持ってもらうか。簡単ではありませんが、生きがいを持ってほしいと伝えていきたいと思います。(聞き手・木須井麻子)

 

◇お茶屋、芸妓減少

 五花街のお茶屋や芸妓の数は減少している。

 京都花街組合連合会によると、お茶屋はデータの残る1997年(平成9年)の200軒から、2018年には36%減の128軒となった。舞妓は63人から10人増えて73人となったが、芸妓は197人から23人減の174人。舞妓から芸妓になり、生活拠点である置屋から独立すると、衣食住のすべてを自前で賄わなければならないため、資金面の不安などからやめてしまうケースも多いとされる。

 芸舞妓の支援などを目的に設立されたおおきに財団は、独立前後の若手芸妓に着物や帯の購入費を補助しているほか、芸歴30年を超え、舞踊や楽器演奏で高度な技術を持つ60歳以上の芸妓を「伝統伎芸保持者」として認定し、奨励金を添えて顕彰している。

 

 ◆おおた・きみ 1940年、京都市生まれ。京都女子高卒。東京の老舗料亭で修業後、74年に富美代の八代目女将に。2008年に祇園甲部のお茶屋などでつくる祇園甲部組合の取締(組合長)に就任した。芸舞妓が舞や楽器演奏、茶道などを学ぶ「八坂女紅場学園」の理事長も務める。

無断転載・複製を禁じます
19009 0 平成@Kyoto 2019/01/12 05:00:00 2019/01/21 13:28:53 「富美代」の女将の太田紀美さん(東山区で)=長沖真未撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190111-OYTAI50016-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

新着クーポン

NEW
参考画像
500円400円
参考画像
ランチでご来店のお客様にジェラートをサービス
参考画像
アクティビティご利用でソフトドリンク1本サービス

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ