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<見えない存在>都を追われたたたり

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怨霊となった菅原道真が御所の清涼殿に雷を落とす場面を描いた国宝「北野天神縁起絵巻・承久本」巻五(北野天満宮所蔵)
怨霊となった菅原道真が御所の清涼殿に雷を落とす場面を描いた国宝「北野天神縁起絵巻・承久本」巻五(北野天満宮所蔵)

怨霊

 平安時代は政争が激しく、敗れた者の怨霊のたたりが疫病や天変地異をもたらすと考えられていた。日本の三大怨霊とされるうちの2人が京都にゆかりがある。菅原道真(845~903年)と崇徳上皇(1119~64年)だ。

 北野天満宮(上京区)に学問の神様としてまつられている道真は右大臣となったが、藤原氏に謀反の疑いをかけられ九州の大宰府に左遷。2年後に死去し、怨霊となって、都に飢饉ききんや宮中への落雷などの災厄をもたらしたと伝わる。道真を鎮めるため、947年に創建された由来が「北野天神縁起絵巻」に記されている。

 道真の死から約80年後の987年には天皇から神号を贈られ、怨霊から神となり、疫病退散や世の安寧を願う北野御霊会ごりょうえが行われるようになった。神仏習合形式の御霊会は1467年の応仁の乱勃発以降途絶えていたが、コロナ禍を受けて、昨年復活した。

 東川楠彦権禰宜ごんねぎ(38)は「現代でも目に見えないコロナと闘うため、私たちの使命は御霊会を復活させ、感染の終息を祈ることだった」と話す。

 崇徳上皇は皇室や摂関家の主導権争いから起こった保元の乱(1156年)に敗れ、都を追われた。都に起こる災いは、怨霊になった崇徳のたたりだとされた。軍記物語の保元物語には崇徳が「日本国の大魔縁」になると誓ったと書かれる。

 崇徳をまつる白峯神宮(上京区)は1868年に明治天皇の命で創建。保元の乱から700年以上たち、京都へ戻る崇徳の願いが実現したことから、心願成就の御利益があるという。

 北村友湖権禰宜(34)は「幕末の動乱を経験し、これ以上、世が乱れることがないよう、怨念を鎮めたかったのでしょう。今や崇徳上皇は願いをかなえてくれる存在です」と語る。

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1856892 0 New門@京都 2021/02/21 05:00:00 2021/02/21 05:00:00 2021/02/21 05:00:00 雷神と化した菅原道真が御所の清涼殿を襲う場面を描いた国宝「北野天神縁起絵巻・承久本」巻五(北野天満宮所蔵)※任意のトリミング可です。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210220-OYTAI50007-T.jpg?type=thumbnail

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