<1>「認められたい」が力に
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シンガー・ソングライター 岡崎体育さん
コロナ禍は「新しい価値観を求めよ」と、私たちに迫った。呼応した人々は、様々な工夫で難局を乗り越えようとしている。それぞれの時代に障害を乗り越え、自らの信念を貫き成功した人々がいる。その姿を見つめ、「今」もがいている人々に、いくつかのモデルを示したい。
夢をかなえた若者へのリスペクト(敬意)からか、男性ファンが感涙を見せるライブだった。終盤、岡崎体育は電飾に彩られた「トロッコ」に乗り、集まってくれた1万8000人に包まれて初披露の曲を歌った。
アイドルがやるようなファンサービスのふりをして、いきなり笑わせにかかった。
てゆうか みんなが全然知らない曲で トロッコ周(まわ)んな
今日 初披露の曲で周るから 客の反応がイマイチ
ほら 誰も 手拍子出来てない
歌い、客をあおった。「歌って! 歌ってよ!」「何で歌ってくれないの?」
2019年6月9日。「さいたまスーパーアリーナ」(さいたま市)でとっておきの「ネタ曲」を演じた。
岡崎体育とは、そんなことができる人だ。
12年に同志社大を卒業して就職した。だが、「退路を断って」音楽の道に進むため、半年で辞めた。
パソコンさえあれば、バンドメンバーがいなくても、一人で質の高い音楽が作れる時代になっていた。
地元のスーパーで週5日間、アルバイトした。夜、仕事が終わると一目散に家に帰り、1時間後には自室にこもり、パソコンと小さな鍵盤(けんばん)楽器で明け方まで曲作りに没頭した。昼に起きてバイトに出かけた。
注目されて認められたいと望む欲、どう生きたいのか明確にしたい欲が、人一倍強いことに気づいた。
欲求を満たすために「ネタ曲」を使った。客が1人、2人のライブでも笑ってもらおう、うけてもらおうと努めた。ユーチューブの投稿動画にも「バズる」(騒がれる)要素を注ぎ込んだ。
ただ、岡崎体育を16年のメジャーデビューに導いたのは「ネタ曲」ではない。音楽性豊かで、練られた歌詞の「SNACK(スナック)」が、音楽のプロの目に留まった。
ユーチューブ世代は「つまらない」と感じれば、見るのをやめてしまう。そうならないよう、曲の展開はめまぐるしくかえる。生活のなかでみつけた「言葉」をノートに書き留め、ちりばめた言葉をほかの言葉でつないで歌詞を作っている。
「流れ出てきて、さらさら書ける」ことはなかった。ひたすら時間をかけ、納得いくまで書き直した。2年近くかけた歌詞もある。
プロたちは、そんな岡崎体育にほれた。
奈良市にあるライブハウス「NEVERLAND(ネバーランド)」で研さんを積んだ。
「音作りに人間味を感じ取れないほどの清潔感がある。言葉遣いはというと独特で『それ歌詞にする?』っていうのを選んでるんですよ」。副店長の向井真吾はそう語り、はたちそこそこの頃から片りんを感じていたと明かした。
3枚目のアルバム「SAITAMA(サイタマ)」では「ネタ曲」を封じた。向井は言った。「あれは『こういう曲も作れるよ』ってアピールする作品なんでしょうね」
「認められたい」ともがいた岡崎体育を知る音楽人ゆえの、称賛の言葉だ。(増田弘治)
(敬称略)

ライブハウス副店長 向井真吾さん
彼は「笑い」をやりながらも音楽であることを絶対に崩さなかった。下ネタには断固として手を出さず、誰かをさげすむようなこともせず、みんなが笑えるネタを考えていた。
<おかざきたいいく> 1989年生まれ。宇治市で育ち、2019年夏まで暮らした。洋楽ファンの母に影響され、中学時代はお小遣いのほとんどをCD購入にあてた。「27歳までにメジャーデビュー」「30歳までに『さいたま』でライブ」の夢を、期限ぎりぎりで、夢ではなくした。ゲーム・アニメ「ポケットモンスター」が大好き。昨年12月23日、「『劇場版ポケットモンスター ココ』テーマソング集」をリリースした。
「『売れたい』と願うなら、まず自分がどういう『欲求』を持っているのかを知ることだと思う。自分の時間をどれだけ音楽に費やしたいのか、何が自分にとっての音楽なのか、ちゃんと理解することだと思う。」