祇園の街 好きなままで…祇園甲部の芸妓 紗月さん引退

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引祝のあいさつを終えたお茶屋の前で、知り合いに笑顔を向ける紗月さん(1日、東山区で)
引祝のあいさつを終えたお茶屋の前で、知り合いに笑顔を向ける紗月さん(1日、東山区で)
舞妓デビューの「店出し」、芸妓になった「襟(えり)替え」に続き、今回も男衆に付き添われて回った(1日、東山区で)
舞妓デビューの「店出し」、芸妓になった「襟(えり)替え」に続き、今回も男衆に付き添われて回った(1日、東山区で)

7年間トップの座/コロナ禍で「他の道に」

 京都五花街の一つ、祇園甲部の 芸妓げいこ紗月さつき さん(27)が引退した。2013~19年に祇園甲部で売り上げトップを続け、花街の魅力発信にも努めてきた。コロナ禍で花街全体が影響を受けた時期に、「自分の人生を考える時間を与えられ、しっかり悩んで」決断したという。(布施勇如)

 三角に折られた白い紙の真ん中に、廃業を知らせる「 引祝ひきいわい 」の2文字。脇に「紗月改メ」、そして本名が添えられている。街で世話になった関係先に先月下旬、赤飯とともに配った。

 大阪府藤井寺市で生まれ育った。着物が好きで、「毎日着られるの、いいなあ」と花街に憧れた。10年に中学を卒業し、翌年、舞妓としてデビュー。15年に芸妓となった。

 そうした節目の時と同じく今月1日も、着付けを担当してくれた「 男衆おとこし 」に付き添われ、お茶屋など約30軒をあいさつ回りした。今回は白塗りではなく、「そんなり」姿で、訪問着に洋髪。「ほんまに最後なんやな」と、しんみりした気持ちになった。

 祇園甲部を代表する芸妓の一人となった近年は、「芸舞妓のなり手と、支えてくれる職人さんを少しでも増やしたい」と、SNSでファンにメッセージを送り、テレビ番組にも積極的に出演してきた。

 ひたすら稽古とお座敷の毎日は、コロナ禍で一変した。周りの芸妓が英会話教室やジムに通い始めると、「私が新しくチャレンジできることは何だろう。他の道に進んでもいいんじゃないか」と考えるようになった。

 ずっと「祇園という街の宴会が好きだった。お客さんとの距離感とか」。ところが、休業や時短営業を余儀なくされ、感染対策として返杯を自粛するなど、各花街は接客の仕方も見直さざるを得なかった。「コロナが収束しても、元に戻ることはないだろう。好きなままでいたい」。結婚、引退することを決めた。

 全く別世界だった花街で10歳代半ばから過ごした11年間。行儀作法や会話の妙だけでなく、「我慢することも覚えました」と笑う。「高校、大学に行っても学べんことを学ばせてもらった。強くなったと思います」

 引祝であいさつした 女将おかみ らから一様に、「もったいないなあ。でも、おめでとう」と言葉をかけられた。「祇園の街にはいい思い出と感謝しかない。将来、何か役に立つことがあればいいな」。今後は東京で暮らし、まずは車の免許から。新たな日常にゆっくりなじんでいく。

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