地域

タテカン論争 法廷へ

無断転載・複製を禁じます
吉田キャンパス周辺に並ぶ立て看板(2018年4月、左京区で)
「タテカン」が消えた吉田キャンパス周辺(左京区で)

京都市・京大 景観保護へ撤去/職員組合 表現の自由侵害

 京都大・吉田キャンパス周辺の立て看板(タテカン)の設置を巡る議論が、法廷に持ち込まれた。京都市と京都大は景観を害するとして3年前から撤去しているが、京大職員組合が表現の自由の侵害などと主張。市と大学を相手取り損害賠償を求める訴訟を4月28日、地裁に起こした。しかし、自由な学風の象徴とされてきたタテカンへの愛着も時代とともに変化し、冷ややかな目で見る学生もいる。(松崎遥)

条例の是非

 キャンパスの外周に設置された立て看板を巡る論争が先鋭化したのは2017年10月。京都市が、景観の保護を目的に外壁などへの広告設置を禁じた条例に抵触するとして京大に文書で指導、撤去を求めたのが発端だ。

 これを受け京大は18年5月以降、大学周囲に設置されたものは撤去。立て看板の設置について、キャンパス内の指定する数か所のみで認めてきた。

 訴状などによると、組合は、立て看板の撤去により「表現行為が大きな制約を受けた」と主張。条例が、屋外広告を制限していることに対し「規制対象が不明確で漠然としており、過度に広範囲」とし、「条例に基づく行政指導は表現行為を不当に制限しており違憲だ」とする。

 立て看板について「京大名物で、自由の学風を体現する要素として高い評価を得てきた」と訴える。一方、京大と市は「コメントすることはない」としている。

長年の伝統

 撤去が波紋を呼んだのは、古くから「伝統」として、受け継がれてきた経緯がある。

 立て看板は学生運動が盛んだった1960年代に既にあり、吉田キャンパス近くの百万遍の交差点や近くの通りにはサークルの勧誘、演劇やコンサートの公演の案内が掲げられてきた。

 市の条例は56年からあるが、本格的に屋外広告物を問題視し始めたのは景観を守る新たな方針を定めた2007年から。口頭で大学に撤去を指導するようになったのは12年からだ。

 京大出身の辰巳琢郎さん(62)は学生時代、劇団の活動で自身も立て看板を作っていた。「互いに『これはすごい』と評価しあい、タテカンの制作自体が大事な活動でした。演劇や音楽と同じ、一つの表現だと思っていました」と話し、「条例違反と言われれば、大学は従わざるを得ない。だから大学に注文しても無駄。行政に度量を示してほしい」と話す。

もはや不要?

 学生の中でも撤去については賛否が分かれる。

 現在も学生有志が立て看板の制作教室を開催するなどしており、正規の指定場所には約40枚が並ぶが、学外からは見えにくい。4年生の女子学生は「地域との関わりで大学は発展していく。学生の活動を発信するため、外周に置くことを一律に規制しなくてもよいのでは」と話す。

 しかし部活動やサークル活動、新歓コンパの案内などは、ほとんどホームページやSNSで行われ、立て看板の実用性は失われつつある。3年生の男子学生(22)は「学生生活で立て看板が必要だと思ったことはない。通行の妨げにもなっていたので、撤去するのは当然ではないか」と話した。

地域
ページTOP