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一定のエリア内で高速・大容量の通信ができる技術「ローカル5G」を試験的に導入する動きが、企業や自治体で広がっている。主に都市部でネットワークの構築が進む携帯電話の5Gと異なり、離島などでも活用できるためだ。人口減少など地方が抱える課題の解決につながる可能性があるとして関係者の期待も高まっている。(姫野陽平)
キャンパスに基地局

「(こ・ん・に・ち・は)」
テーブルに置いたカメラ付きの端末に向かって男性が声を出さずに口を動かすと、約15秒後、端末に「こんにちは」と表示された。九州工業大大学院が開発を進める「読唇アプリ」で、北九州市戸畑区の同大で1月末、屋外に約20人が集まり、実証実験が行われた。

アプリの実用化に向けてカギとなる技術の一つが、ローカル5Gだ。カメラがとらえた口元の高画質映像を屋外から学内のサーバーに瞬時に送るには、優れた通信性能が求められる。通信事業を手がけるQTnet(福岡市)は2020年3月、九州で初めてローカル5Gの商業利用ができる免許を取得し、九工大と連携してキャンパスに基地局を設けた。
アプリは、聴覚障害者との会話などでの活用が見込まれる。開発した九工大の斉藤剛史教授は「ローカル5Gを使えば様々な場所での利用が想定できる」と話す。QTnetは他にも複数の実験を進めており、実用化を急ぐ。
離島で実証実験を進めるのは、九州電力グループなどだ。長崎県壱岐市の火力発電所で、カメラを搭載した巡視ロボットが周囲を撮影しながら自走する。電力システムを担う正興電機製作所(福岡市)と九州電力送配電(同)は、本社に即時に送られてくる高精細な映像を見ながら異常の有無をチェックできる仕組みだ。正興電機は「作業員の負担軽減や人手不足対策につながる」と期待を示す。
教育・医療でも

ローカル5Gは、NTTドコモなど携帯電話大手が通信網を広げている5Gと異なり、必要な免許を取得すれば、企業や自治体が独自に基地局を開設できる。基本的な性能は5Gと変わらないため、2時間の映画をタブレット端末などにダウンロードする時間は、現在の主流の通信規格「4G」の約5分に対し、5Gでは約3秒とされる。
ローカル5Gへの関心が高まるのは、幅広い分野での活用が見込まれるためだ。
例えば教育では、離れたエリア同士で高画質の映像を使った授業ができる見込みで、宮崎県椎葉村では20年度、村内の学校と宮崎大を結んで遠隔授業などを試行した。医療では、都市部の病院と医師不足の地方をつなぐ遠隔診療の実用化が期待される。
課題は導入コスト

普及に向けた課題は導入コストだ。ローカル5Gの設備費やシステム構築費は数千万~1億円以上とされ、総務省の予算で進めている一部の実証実験を除けば、事業者などによる投資が必要となる。IT人材の確保も欠かせず、中小企業にはハードルが高い。
総務省によると、ローカル5Gが制度化された19年以降、九州・山口・沖縄で免許が交付されたのは、椎葉村や安川電機(北九州市)など約20件に上っている。今後も高速で安定的な通信へのニーズは一段と高まる見通しだ。
野村総合研究所の予測では、ローカル5Gの市場規模は20年度時点の約60億円から、26年度に約3倍の180億円に成長する。沢田和志・主任コンサルタントは「ローカル5Gの普及には、政府や大手企業が活用事例を積み上げ、導入効果を示すことが大切だ。大手が中小企業にノウハウを提供するなどして連携することも重要となる」と指摘している。
携帯5G 人口カバー率3割
NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯電話大手4社による5Gのネットワーク整備は道半ばだ。総務省によると、5Gが利用できるエリアの人口カバー率は2021年末時点で約3割にとどまっており、九州・山口・沖縄では福岡市など県庁所在地が中心となっている。
政府は昨年末に示した「デジタル田園都市国家構想」で、5Gの人口カバー率を23年度までに9割に引き上げる方針を掲げており、4社に対し、5G基地局の整備を加速するよう求めている。
