読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

強敵倒した猛ノック 久保克之さん(野球・鹿児島実)

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 ファンの記憶に刻まれる高校スポーツのドラマは、選手やチームを育て上げた指導者を抜きには語れない。九州・山口・沖縄で大きな足跡を残した名将を、思い出のシーンとともに紹介する。

 監督を退いて19年近くたった今も、選手と向き合い続けた勲章が両手に残る。バットの握りすぎで何重にもタコができた手のひらは、丸まって完全には開けない。「職人の手ですよ。顔を洗う時も引っ掛かって不便だけど」と誇らしげに笑う。35年間で打ったノックは200万本以上だという。

久保克之さん
久保克之さん

 そんな猛練習が実を結んだ一戦がある。1974年夏の甲子園準々決勝。原貢監督と原辰徳(現巨人監督)の親子鷹(だか)で注目された東海大相模(神奈川)を、延長十五回の末に破った。熱闘は日没後も続き、テレビ中継を打ち切ったNHKに抗議が殺到。完全中継が始まる契機となった。

 脳裏に焼きついているのは、十二回裏のピンチの場面だ。右翼前に落ちそうな飛球を二塁手が背走して捕球。「守り勝つ野球」を体現したプレーが、チームを救った。

 「全国に『鹿実』の名前を覚えてもらえた。あの経験が無形の財産として私の中に残り、それがみんなに伝わって、引っ張っていけた」。鹿児島勢初の甲子園4強入りを果たした自信を胸に力をつけ、96年には選抜大会で初優勝を遂げた。

延長15回の熱戦の末に東海大相模を破り、喜び合う鹿児島実ナイン(1974年8月17日、甲子園球場で)
延長15回の熱戦の末に東海大相模を破り、喜び合う鹿児島実ナイン(1974年8月17日、甲子園球場で)

 29歳でサラリーマンから母校の教員に転身。「社会で通用する若者を育てる」と、礼儀を重んじるスパルタ指導を貫いた。選手寮に住み、「生徒に笑われないように」と自らを戒め、誰よりも早起きした。授業の合間に部員の日誌に目を通し、辞書を引いて誤字や脱字に赤ペンを入れた。「入社試験で面接と作文だけはできるように。私よりも幸せな人生を送ってほしいから」。厳しさの裏に、親心があった。

 久保さんの意志を引き継ぐ宮下正一監督(48)は、「野球は変わっても、『鹿実らしさ』は変わっちゃいけない」と語る。そんな頼もしい教え子が率いるチームを見守るため、傘寿を過ぎてもグラウンドに足を運ぶ毎日だ。(財津翔)

くぼ・かつゆき  1938年2月10日生まれ。鹿児島県南さつま市出身。鹿児島実、ノンプロの杵島炭鉱を経て日大に進学。ブリヂストンタイヤで勤務した後、67年に鹿児島実の監督に就任した。2002年の退任までに春夏計19度、甲子園に導いた。現在は名誉監督。

 =2021年5月11日 読売新聞スポーツ面(西部本社版)掲載=

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2143217 0 高校スポーツ名将列伝 2021/06/21 18:30:00 2021/08/21 16:43:42 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210621-OYTAI50027-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)