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師弟の絆、都大路3度制す 河村邦彦さん(陸上・筑紫女学園)

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 ファンの記憶に刻まれる高校スポーツのドラマは、選手やチームを育て上げた指導者を抜きには語れない。九州・山口・沖縄で大きな足跡を残した名将を、思い出のシーンとともに紹介する。

 全国高校駅伝の3度の優勝には、それぞれ異なる味わいがあった。

河村邦彦さん
河村邦彦さん

 下馬評を覆した1991年の初優勝は「挑戦するつもりで走ってくれた」と振り返る。99年は「3年生で優勝」と言い続けた粒ぞろいの世代が、須磨学園(兵庫)との競り合いを1秒差で制した。2002年のメンバーは、前年2位の悔しさをバネに驚くような意地を見せた。いずれも「選手に恵まれ、いいチームができた」と感謝を口にする。

 自身も青春時代は長距離に打ち込んだが、走ることは「球技に比べて面白くない」と語る。楽しみを見いだすとすれば、記録を伸ばすこと。数字で成長を実感できることだった。

 指導者となってからは、選手の記録を脳裏に刻み込んだ。どんな練習を重ねたかをデータとして蓄積。先輩の具体例を示して明確な目標を持たせ、練習の質を向上させた。3000メートルで9分台をマークした120人以上の教え子の名前と記録は今も忘れていないという。99年の都大路を制したメンバーで、現監督の長尾育子さん(39)は「裏付けのある練習だから、やりきれば絶対に速くなれるという信頼感があった」と語る。

2度目の全国制覇を果たし、歓声に応える筑紫女学園の長尾育子(左端)、河村邦彦監督(右端)ら(1999年12月、京都市の西京極陸上競技場で)
2度目の全国制覇を果たし、歓声に応える筑紫女学園の長尾育子(左端)、河村邦彦監督(右端)ら(1999年12月、京都市の西京極陸上競技場で)

 「話すことが苦手」で、怒ることも褒めることも少なかったが、成長に導く努力は惜しまなかった。2000年代には、実業団が取り入れていた中国・昆明での高地合宿を敢行。言葉が通じない環境で、しかも空気が薄くて練習はきつい。その苦しい経験こそ「将来に役に立つ」と考え、高校生では異例の取り組みを実現させた。

 指導者人生の宝は「生徒が卒業後も連絡をくれること。結婚式には相当、行きました」と相好を崩す。80歳を超えた現在も総監督としてストップウォッチを片手に自転車に乗り、伴走しながらタイムを読み上げる。ゴールは、まだまだ先にある。(前田剛)

かわむら・くにひこ  1940年3月18日生まれ。福岡市出身。中学時代に陸上を始め、福岡大大濠(福岡)、福岡大で競技を続けた。同大職員だった70年にコーチとして筑紫女学園(福岡)の指導を始めた。同学園職員に転じ、監督に就任した91年に全国高校駅伝を初制覇した。2011年に退任し、15年から総監督を務める。

=2021年6月1日 読売新聞スポーツ面(西部本社版)掲載=

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2143241 0 高校スポーツ名将列伝 2021/06/21 18:34:00 2021/08/21 16:44:28 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210621-OYTAI50031-T.jpg?type=thumbnail

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