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強打育て6度甲子園へ 比屋根吉信さん(野球・興南)

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 ファンの記憶に刻まれる高校スポーツのドラマは、選手やチームを育て上げた指導者を抜きには語れない。九州・山口・沖縄で大きな足跡を残した名将を、思い出のシーンとともに紹介する。

 夏の甲子園で沖縄県勢として初めて頂点に立ったのは、2010年の興南だった。その30年前。監督として強打が売りのチームを作り、現在に至る強豪校の礎を築いた。

比屋根吉信さん
比屋根吉信さん

 1980年、興南は12年ぶりに甲子園に臨んだ。自身にとっては初の舞台。2回戦で新湊(富山)を7―2で下すと、3回戦では旭川大(北北海道)に14―0で大勝し、8強入りを果たした。ベスト4に入った68年を超える「興南旋風」を期待する声も高まった。

 準々決勝では、早稲田実(東東京)の1年生エース荒木大輔(現日本ハム投手コーチ)を攻略できず、完封負け。「早稲田実は技術があり、試合慣れしていた。離島のハンデを感じた」と語るが、83年まで4年連続で甲子園に出場する上で、大きな経験となった。

 沖縄県出身の両親の下、兵庫県で生まれ育った。報徳学園(兵庫)時代は甲子園の経験はなく、社会人までプレーした。引退後、沖縄に渡ったのは、高校時代にお世話になった当時の校長から「お前がいるのは親のおかげ。野球で沖縄に恩返しをしなさい」と言われたからだった。

第65回全国高校野球選手権1回戦で、長野商(長野)に延長10回サヨナラ勝ちして喜ぶ興南ナイン(1983年8月8日、甲子園球場で)
第65回全国高校野球選手権1回戦で、長野商(長野)に延長10回サヨナラ勝ちして喜ぶ興南ナイン(1983年8月8日、甲子園球場で)

 76年に指導を始めた興南は甲子園から遠ざかり、ボールが5個、バットが2本しかなかったという。それでも周囲に「5年以内に甲子園に出る」と宣言し、5年目で実現させた。当時の正捕手で、今年3月まで部長を務めた真栄田聡さん(58)は、比屋根さんの指導を「非常に論理的で、細かいところまで教えてもらった」と振り返る。

 現在は熊本県在住で、全国の高校や大学などから依頼を受け、各地に出向いて指導を続けている。「ここが悪いと言うのは評論家。なぜ悪いかを言うのはコーチ。どうすればいいのかを伝えるのが、本当の指導者」。選手の成長を一番に願う姿勢は、今も変わらない。(古藤篤)

ひやね・よしのぶ  1951年9月19日生まれ。兵庫県尼崎市出身。報徳学園、大体大を経て社会人の西濃運輸でプレー。76年から興南のコーチ、監督を務め、春夏計6度甲子園に導いた。教え子に元阪神の仲田幸司がいる。有明(熊本)、京大でも指揮を執り、京大出身初のプロ野球選手となった元ロッテの田中英祐も指導した。

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使い方
2166521 0 高校スポーツ名将列伝 2021/06/30 10:20:00 2021/08/21 16:43:20 第65回全国高等学校野球選手権大会 1回戦 興南・長野商 延長10回で長野商を下し、大喜びでホームへ集まった興南ナイン(手前は長野商ナイン) 1983年8月8日 昭和58年 =甲子園球場 *自社フィルム資料・ノートリ無加工* 報知新聞社提供 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210630-OYTAI50007-T.jpg?type=thumbnail

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