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[道あり]アイ・ケイ・ケイ 金子和斗志さん <1>結婚式 感動のお手伝い

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「木のぬくもりがあるチャペルで感動を味わってほしい」と話すアイ・ケイ・ケイの金子和斗志会長(1月12日、福岡市博多区で)=中山浩次撮影
「木のぬくもりがあるチャペルで感動を味わってほしい」と話すアイ・ケイ・ケイの金子和斗志会長(1月12日、福岡市博多区で)=中山浩次撮影

 一軒家の洋館で結婚式を挙げる「ゲストハウスウェディング」。アイ・ケイ・ケイ(佐賀県伊万里市)会長CEO(最高経営責任者)の金子和斗志(かつし)さん(68)は、一代で国内外21か所の結婚式場を展開する企業を育て上げた。新型コロナウイルスの逆風を受けながらも、「感動創造企業」を目指して今も奔走している。

 「お客様の幸せと感動のために」。1月中旬の昼過ぎ、福岡県志免町の福岡本部に数人の社員と会社の理念を唱和する姿があった。朝礼と昼礼は、全国の拠点で毎日同じ時間に行われる恒例の行事。「全国で働いているスタッフ全員が理念を共有し、同じ方向を目指すことができる」と胸を張る。

 「ウェディングは総合芸術」を持論に経営してきた。「料理や衣装、演出、花、写真の一つ一つが芸術で、婚礼はその集合体」と考えるからだ。「それぞれを磨き上げ、お客様の人生最高の幸せをお手伝いする。感動を提供できれば、スタッフの喜びにもなる」

 高校を卒業後、2年間の浪人生活を自由気ままに過ごした。大学進学を諦め、自ら「放蕩(ほうとう)息子だった」と振り返る。22歳で家業のホテル経営に携わり、7年後に社長となった。しかし、2度の交通事故でけがを負う。一度は生死をさまよった。生かされた、と実感し、「人生を懸けて事業に向き合う覚悟が固まった」。

婚礼事業をスタートさせた1982年開業の「伊万里グランドホテル」(アイ・ケイ・ケイ提供)
婚礼事業をスタートさせた1982年開業の「伊万里グランドホテル」(アイ・ケイ・ケイ提供)

 30歳で婚礼事業に進出する。当時、邸宅風の建物にチャペルや披露宴会場、庭園などを備え、アットホームな雰囲気で式を挙げる施設は珍しかった。だが、必ず流行するという読みは当たった。「常に時代のアンテナを高くしていたから、チャンスに気づけた」と話す。

 東京や大阪に進出し、順調に全国展開を進めてきた。若い社員が働きやすい会社という評判が広がり、学生の就職人気ランキングでは、九州で常に上位に名を連ねる企業となった。

 2013年に東証1部上場を果たし、17年には海外初となるインドネシアに進出した。20年には食品会社「明徳庵」を設立し、事業を拡大させている。

 20年、社長の座を後任に譲ったが、今も経営の第一線でコロナ対応などに当たっている。「1人ではここまで来られなかった。お世話になった皆さんのおかげ。事業は僕にとって、社会への恩返しでもあります」。改めてそう思っている。

〈プロフィル〉1952年、佐賀県伊万里市生まれ。81年に家業のビジネスホテルを継ぎ、82年に婚礼事業に参入。2000年、「ゲストハウスウェディング」の式場を佐賀県鳥栖市に初めて開業した。現在、国内19、インドネシア2の計21施設を展開。20年1月から現職。福岡市在住。

=2021年2月9日 読売新聞地域面(西部本社版)掲載=

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2151838 0 道あり 2021/06/24 05:01:00 2021/06/24 05:01:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYTAI50019-T.jpg?type=thumbnail

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