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[道あり]アイ・ケイ・ケイ 金子和斗志さん <4>「ゲストハウス」に出会う

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「伊万里迎賓館」のスタッフらと写真に納まる金子会長(右から2人目)(アイ・ケイ・ケイ提供)
「伊万里迎賓館」のスタッフらと写真に納まる金子会長(右から2人目)(アイ・ケイ・ケイ提供)

 結婚式場を備えたホテルのオープンは間近に迫っていた。婚礼の予約は、すでに目標の50件を上回っていた。だが、婚礼を開いた経験はない。取引銀行に佐賀市内の式場を紹介してもらい、5日間通った。照明の設置を手伝い、挙式の流れや会場の設営ノウハウをたたき込んだ。「これならできる」と自信を深めた。

 「伊万里グランドホテル」は1982年10月に開業した。スタッフ約30人では手が足りず、宿泊客の対応から、ブライダルプランナー、料理の盛りつけ、時には披露宴の司会もこなした。当時30歳。「若かったから何でもできた」

 事業も広がり、社名を「ビジネスホテルかねこ」から変えることにした。「事業を通して地元発展に貢献したい」。「伊万里」「観光」「開発」のそれぞれ頭文字から、「アイ・ケイ・ケイ(IKK)」と名付けた。

 ホテル経営は安定していた。年商は3億円。だが、式場の収容人数は200人で近隣の施設より少ない。バブル期で披露宴も豪華になり、大きな挙式はライバルにとられていた。

 「伊万里を代表するおもてなしどころを造る」。新たな式場建設のため、金融機関に相談に行った。「そんなリスクをとらなくても遊んで暮らせるじゃないですか」。翻意を促す担当者に「多くの人に感動を与えるウェディング事業を成長させたい」。何度も熱弁で訴え、融資を取り付けた。

 91年3月、初めての結婚式専用となる「伊万里迎賓館」を開業させた。徐々に運営が落ち着くと、ある迷いが生じる。「このまま伊万里にとどまるか、全国に打って出るか」

 経営コンサルタントから「面白いところがある」と情報を得て、東京都立川市の式場を視察した。当時は珍しい「ゲストハウスウェディング」の施設だった。西洋のしゃれた邸宅のような空間を貸し切り、自然の光や風を感じながら挙げる式は、ホテルにはない魅力があった。「これからブライダル業界の新しい流れができる」。そう直感した。

=2021年2月16日 読売新聞地域面(西部本社版)掲載=

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2151849 0 道あり 2021/06/24 05:04:00 2021/06/24 05:04:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYTAI50022-T.jpg?type=thumbnail

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