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[道あり]アイ・ケイ・ケイ 金子和斗志さん <5>続々と出店 株式上場

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2012年、東証2部に上場し、セレモニーで鐘を鳴らす金子会長(アイ・ケイ・ケイ提供)
2012年、東証2部に上場し、セレモニーで鐘を鳴らす金子会長(アイ・ケイ・ケイ提供)

 東京で視察した結婚式場に新たな可能性を確信した。「ゲストハウスウェディングで全国を目指す」。将来の目標は定まった。

 全国進出の足がかりとして目を付けたのが佐賀県鳥栖市だった。高速道路や鉄道が交わる交通の要衝だ。JR鳥栖駅に降り立ち、当てもなく3分歩くと、目の前に約1万平方メートルの空き地が広がっていた。毎週通い、車の交通量や歩行者の数、日差しまでチェックした。「これ以上の場所はない」。建設場所は決まった。

 「自然との調和」と「非日常の空間」。この二つをいかに演出できるかが成功の鍵を握る。大手設計会社に設計を頼んだが、出てきたものは「雰囲気が硬い」。700万円のキャンセル料を払って別の4社によるコンペで、納得できる設計にたどり着いた。

 東京で初めて出会って3年、九州初の「ゲストハウス」は2000年に完成した。ただ、この時すでに視線の先には九州最大の都市、福岡市があった。

 念願の福岡進出に向けて探し出した場所は、福岡空港から車で5分。交通の便に加え、周辺にブドウ畑が広がっていた。自然を生かした四季折々の魅力ある庭園、木のぬくもりを感じるチャペル――。理想の施設が完成した。

 「建物は完成した時から陳腐化していく。自然は時がたつにつれて成長し、力を増していく」。約20年の歳月を経た今も目を細める。

 時代の流れに乗り、ゲストハウスウェディングは人気を集めた。富山、宮崎、大分、金沢と地方都市を中心に出店ペースを加速させた。同時に、ぼんやり思い描いていた株式上場の目標も現実味を増した。

 「単なる資金集めではない。お客様や地域の役に立てる永続企業を作る」。10年に新興市場ジャスダック、12年に東証2部、13年に東証1部と駆け足で株式上場を果たした。佐賀県の企業では、27年ぶりの東証1部。「うれしかった半面、まだ通過点という気持ちが強かった」。すでに海外進出に向けて動き出していた。

=2021年2月17日 読売新聞地域面(西部本社版)掲載=

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2151852 0 道あり 2021/06/24 05:05:00 2021/06/24 05:05:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYTAI50023-T.jpg?type=thumbnail

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