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[道あり]前北九州市長 末吉興一さん<3>ダム建設 交渉役担う

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 建設省に勤めた約28年間の中で忘れられないのが、「蜂の巣城闘争」と呼ばれたダム建設への反対運動に直面したことだ。

 入省3年目の1960年4月、大分、熊本両県にまたがる筑後川上流域で計画されていた松原・下筌ダムの現地事務所に配属された。用地課長として、水没地域を抱える5町村や住民との交渉役を務めた。

 熊本県小国町では、反対運動のリーダー、室原知幸さん(1970年に死去)ら住民が、建設予定地となった津江川沿いに多数の小屋で砦を造って立てこもっていた。60年6月、同省が行政代執行による測量をしようとして、津江川を挟んで職員と住民らがにらみ合った時には、最前線に立った。

 「仮橋をかけるために、川に入って作業をしていたら、相手も飛び込んできて、川の中で押し合いになった」

 何度か測量を試みたが、住民らの抵抗で実現せず、約1か月後の7月に代執行の中止命令が出され、一時休戦状態となった。

 現地事務所で働いていた2年半の間、室原さんとは2回ほど顔を合わせただけだった。しかし、「国に一歩も譲らない意志の強さや、それを支える勉強量はすごかった」と感心する。

 一方、ほかの地域では、建設予定地の買収や補償の交渉、住民との対話を進めていった。水没地域がある5町村の一つだった大分県大山村(現・大分県日田市)の村長で、交渉相手の一人だった矢幡治美さん(1993年に死去)にも学ぶことが多かったという。

 矢幡さんは、大分県の「一村一品運動」の先駆けとなった人でもある。ダム関連の公共事業に着目し、地域振興策として国から資金を引き出し、村内の道路整備や宅地造成、小学校改築などの基盤整備を進めた。

 「財政力の弱い自治体でも、矢幡さんのように知恵と工夫に加えて強力な交渉力があれば、計画は実現できるのだと思った」。そうした体験が後に、北九州市再生のヒントになった。

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2176445 0 道あり 2021/07/03 16:09:00 2021/08/23 12:15:37 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210823-OYTAI50019-T.jpg?type=thumbnail

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