[道あり]柔道家 二宮和弘さん<2>高校で身長伸び力増す

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 1946年の出生時に約4200グラムもある巨大児だった。担当した助産師が「双葉山の再来だ」と、前年に引退した大横綱の名前を挙げて感嘆の声を上げたという。それを誰よりも喜んだのが柔道経験者の祖父、善次郎さんだった。

[道あり]柔道家 二宮和弘さん<7>聖火ランナー 大役務める
博多高の柔道部で稽古に励んでいた頃の二宮さん(後列右端)(小野山秀一さん提供)
博多高の柔道部で稽古に励んでいた頃の二宮さん(後列右端)(小野山秀一さん提供)

 小学3年のある日、博多祇園山笠で知られる福岡市の櫛田神社近くの専門店で、祖父にまっさらな柔道着を買ってもらった。高価なプレゼントをくれた祖父の期待に応えようと、その年の秋から自宅近くの町道場「明徳館」に通い始めた。だが、最初の半年間に習ったのは受け身のみ。友達とも遊ぶことができず、稽古で帰りが遅くなるため、家族と一緒に温かいご飯も食べられない。「つらくて嫌だった」と振り返る。

 中学時代に自分よりも体の小さな年下の選手に投げられ、両親に「やめたい」と訴えた。すると、普段は優しい母のアサエさんに顔をひっぱたかれた。「すぐに弱音を吐くようじゃ、ろくな人間にならない」。母に怒られるのが怖くて、渋々稽古を続けた。

 特別に体が大きかったわけではない。だが、明徳館に通っていた1学年下の福岡地区柔道協会の武田隆会長(74)は、二宮さんの足が大人のように大きかったのを覚えている。「道場の先生方も『こりゃあ、将来大きくなるばい』と言っていた」

 周囲の見立ては的中。天理大出身の柔道部顧問から勧誘されて博多高に入ると、背丈は1年ごとに10センチほど伸び、比例するように力強さも増していった。中学、高校の同級生、小野山秀一さん(74)は「中学に入った頃は学校にある30キロのバーベルに一切触ろうとせず、むしろ私のほうが力自慢だった。だけど、高校でぐんぐん強くなり、最後は相手をできる者がいなくなった」と証言する。

 大器の片りんを見せたのが、高校3年で出場した 金鷲旗きんしゅうき 高校柔道大会。地元・福岡に強豪が集まる団体戦で大将を務めると、優勝候補を次々と破って8強入りした。その活躍が、後に生涯の恩師となる天理大の師範、松本安市さんの目に留まった。

スクラップは会員限定です

使い方
「地域」の最新記事一覧
2508651 0 道あり 2021/11/10 05:00:00 2021/11/26 08:53:02 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211110-OYTAI50001-T-e1636527293463.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)