[道あり]佐賀北高野球部元監督 百崎敏克さん<8> 教え子に監督をバトン

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 全国優勝で日常は一変した。取材や視察が相次ぎ、学校は野球ファンが見学に来る「観光地」に。全国から数百通の手紙が届き、手分けして返事を書いた。

[道あり]佐賀北高野球部元監督 百崎敏克さん<7>選手信じて逆転劇、甲子園優勝

 試合では勝利より敗北が注目され、「ぶざまな試合はできない」「勝たなければ」と重圧がのしかかった。佐賀北高が再び甲子園に出場したのは、前回から5年後の2012年夏。初心に帰り、目の前のことに集中できるようになってからだった。

本村監督(右)とチームについての意見を交わす百崎さん(5月18日、佐賀市の佐賀北高で)=中山浩次撮影
本村監督(右)とチームについての意見を交わす百崎さん(5月18日、佐賀市の佐賀北高で)=中山浩次撮影

 この頃、「後継者」について思案していた。高校野球の指導者には同校の後輩が一人もおらず、「教え子から母校の監督を出す」ことを目標にした。

 16年、甲子園優勝投手の久保貴大さん(33)が教員となって同校に赴任すると、翌年に監督を任せて、副部長に回った。試合時はベンチに入らず、バックネット裏から見て助言した。

 その後、教え子10人ほどが続々と指導者になった。07年の甲子園決勝で満塁本塁打を放った副島浩史さん(33)は、地元銀行に就職した後に教員に転身し、今は唐津工業高(佐賀県唐津市)の監督を務める。現在の佐賀北高の監督は、12年に同校の主将だった本村祥次さん(28)。「野球日誌」を引き継ぎ、「(百崎さんに)成長した姿を見せ、いつか追いつきたい」と話す。

 今年3月に再任用期間を終えたが、今後も野球部と関わる予定だ。教え子の指導者には、ふてくされたり、ショボンとしたりする子を、特に大事に見てほしいと願う。「いろんな思いを経て成長し、生きる指針を見つけてこそ高校野球」と信じるからだ。

 体育館で行われた退任式では、晴れやかな表情で生徒や教員に語りかけた。「『そんなの無理だよ』と笑われてもいい。僕も何度も笑われてきた。大きな目標を持ち、コツコツと努力を続けてほしい」

 「がばい旋風」が再び甲子園に吹き荒れる。そんな日を心待ちにしている。(丸山滉一が担当しました)

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