[道あり]漫画家 川崎のぼるさん<1>「巨人の星」私の青春

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 昭和のスポ根漫画の金字塔「巨人の星」(原作・梶原一騎)の作画を担当した川崎のぼるさん(81)は、2003年に東京から妻の故郷である熊本県に移り住んだ。16歳でデビューしてから第一線で描き続けた漫画家の歩みを作品とともに紹介する。

[道あり]漫画家 川崎のぼるさん<8>熊本移住 夫婦水入らず
「プロとして読者のためあらゆるジャンルの作品を描いてきた」と語る川崎のぼるさん(熊本県菊陽町のアトリエで)=田中勝美撮影
「プロとして読者のためあらゆるジャンルの作品を描いてきた」と語る川崎のぼるさん(熊本県菊陽町のアトリエで)=田中勝美撮影

 阿蘇山を望む台地に造成された住宅地の一角にアトリエはある。クラシック音楽が流れる仕事場には畳3枚分もある大きな机があり、壁には「巨人の星」の星 飛雄ひゅう やライバルの花形満に左門豊作、「いなかっぺ大将」の かぜ大左だいざもん 、ニャンコ先生といったキャラクターを描きおろしたイラストやポスターが掛けられている。

 週刊少年マガジンで「巨人の星」を連載したのは1966年から71年にかけて、25~30歳のときだ。主人公・飛雄馬が巨人軍のエースを目指す成長物語で、「消える魔球」などの大リーグボール、ライバルとの熱い対決、そして幾度も挫折しながら不死鳥のようによみがえる飛雄馬の姿は少年たちを熱狂させた。

「巨人の星」連載時の扉絵の原画
「巨人の星」連載時の扉絵の原画

 「巨人の星は私の青春そのもの」と振り返る川崎さん。連載終了から半世紀が過ぎた今も、関連グッズ向けに絵を描きおろすこともある。「これからも一生付き合っていくでしょうね」

 65年になる漫画家生活で手がけた作品は、ゴルフやレスリングもの、ギャグ漫画、大人向けの劇画まで幅広い。キャラクターも作品によって劇画風から大胆にデフォルメしたギャグタッチまで多彩で、目や涙の描写や斬新なコマ割りは続く漫画家たちに大きな影響を与えた。

 そうした多彩な作品を生み出せたのは「感受性の強さ」が要因と自己分析する。中学生の頃から何かにつけて日に何度も鳥肌が立つことがあった。「音楽を聴いたり、1行の文章や映画の新聞広告を見たりすると、自分なりに解釈して物語を想像してしまう。その度に鳥肌が立ちアイデアが湧く。これが漫画家としての唯一の武器です」

 かつては週刊誌3本と月刊誌、学年誌、読み切り作品を掛け持ちしていたが、現在はこのアトリエで童話を描いたり、ゆるキャラをデザインしたりと自分のペースで仕事をしている。「ようやく自分の時間を過ごせるようになった。熊本に来て本当によかったです」

  プロフィル  本名・川崎 のぼる 。1941年大阪市生まれ。中学卒業後の57年「乱闘炎の剣」でデビュー。「巨人の星」で講談社児童まんが賞。「いなかっぺ大将」「アニマル1」で小学館漫画賞。ほかの代表作に「荒野の少年イサム」「てんとう虫の歌」「フットボール鷹」など。

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