読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

九州豪雨1年<上>14人犠牲の「千寿園」、助かった入所者56人 地域住民駆けつけ、命救う 「支援なければ犠牲何倍も」

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 熊本県球磨村で唯一の特別養護老人ホームだった「千寿園」は、昨年7月4日の九州豪雨で濁流にのみ込まれ、入所者14人が犠牲になった。豪雨後、閉鎖された建物の壁面には約3メートル浸水した跡が今も残る。

 千寿園は今年4月、隣の同県人吉市の仮設施設で入所者の受け入れを再開した。閉鎖した元の建物は7月にも解体工事が始まる。

 球磨川近くの山あいに立地していた千寿園は、「土砂災害警戒区域」と「洪水浸水想定区域」内にあった。千寿園の対応を検証した国の有識者検討会は今年3月に公表した報告書で、「施設管理者らは土砂災害を警戒していたものの、浸水リスクがあるとの認識が薄かった」と指摘した。

 一方で、助かった入所者は56人いた。報告書では、施設に駆けつけた住民の存在が多くの命を救ったと言及している。

■■■

 球磨村の小川俊治さん(73)は、入所者を避難させるため、特別養護老人ホーム「千寿園」に駆けつけた住民の一人だ。園の「避難支援協力者」を務めていた。住民有志22人が災害時の誘導を担い、年2回の避難訓練にも参加していた。

 九州豪雨の日。小川さんは午前6時前に自宅を出て、150メートル離れた千寿園に向かった。すれ違う住民たちにも、「手助けをお願いします」と声をかけた。集まった住民は約20人。小川さんは「入所者も地域の一員。だから、多くの住民が危険を顧みずに駆けつけてくれた」と振り返る。園にいた職員は6人だけだった。

 「2階に逃げるしかない」。午前7時頃、職員の言葉で、入所者70人の垂直避難が始まった。入所者を乗せた車いすの重さは数十キロ。エレベーターはなく、住民と職員が2、3人がかりで何度も階段をのぼった。

 しかし、ガラスが割れる音とともに大量の濁水が1階を襲った。浸水は約3メートルに達した。入所者17人が1階に残っていた。60歳代の男性職員は、近くにいた入所者の腕をつかみ、濁水を何度も飲みながら助けを待った。握力を失った手が離れ、入所者は沈んでいった。「もう限界でした。『ごめんなさい』と叫ぶしかできなかった」。水が引いた昼過ぎ、入所者14人の遺体が見つかった。

 男性職員は豪雨後、千寿園を離れた。亡くなった入所者を思い出し、1年近く閉鎖された建物に近づくことができなかった。「14人が亡くなった苦しみは消えない。でも、住民の助けがなかったら、犠牲者は何倍にもなっていた」

■■■

 九州豪雨を受け、国が昨年11月に実施した全国調査では、浸水や土砂災害の警戒区域に立地する特養ホームは3239施設にのぼった。高齢者施設の命を守る取り組みは喫緊の課題だ。

 命を守る行動は早期避難が鉄則だが、全国老人福祉施設協議会の鴻江圭子・前副会長(69)は「特養入所者は要介護3以上。『高齢者』とひとくくりで避難を考えるのは危険だ」と指摘する。

 大雨警報や洪水警報を目安に、自治体は「高齢者等避難」を発令する。避難時に体がぬれれば低体温症や肺炎の危険性がある。鴻江さんは「ハザードマップが想定する浸水深より高い建物なら垂直避難が望ましい」としたうえで、「職員だけで車いすや寝たきりの人を避難させるのは難しい。千寿園のように、地域の力が必要だ」と強調する。

 2016年の台風10号による川の氾濫で、高齢者施設の入所者9人が死亡した岩手県岩泉町では、災害リスクが高い場所に立地する全ての高齢者施設が自治会や企業と避難支援に関する協定を結んでいる。

 大雨警報が出た昨年7月、「グループホームいわいずみ」には、住民約10人が駆けつけた。平屋で垂直避難ができないため、入所者を車に乗せたり、避難所に布団を運んだりした。

 施設の催しに住民を招くなど、平時から「顔の見える関係」をつくる。自治会長の 似内にたない 義友さん(62)は「避難に役立てるため、防災士になった住民もいる」と語る。

 国は4月の介護報酬改定の中で、住民参加の避難訓練など、災害に備えた地域との連携を施設に求めた。

■■■

 昨年6月の都市計画法改正で、災害リスクのある場所での高齢者施設の新設は原則禁止に。国は既存施設についても、補助制度を設けて移転を促している。

 水害を想定した「避難確保計画」の作成率は全国で66%(3月末時点)。千寿園を教訓に、九州豪雨後の9か月で12ポイントも上昇した。球磨川流域自治体では全施設が作成を完了した。

 国の検討会で座長を務めた跡見学園女子大の鍵屋 はじめ 教授(福祉防災)は「住民が高齢者施設の避難に協力することで、被害は大きく減らせる。その取り組みが障害者や保育施設にも広がれば、地域全体で命を守ることにつながる」と指摘している。

 81人の死者・行方不明者を出した九州豪雨から、4日で1年となる。豪雨が突きつけた課題から、被害を最小限にとどめる「減災」の取り組みを追った。

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
2169647 0 減災力 2021/07/01 05:00:00 2021/07/01 05:00:00

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)