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[解藩知県]遺風<8>大野島・大詫間 開拓の名残 島の県境

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 九州一の河川、筑後川下流の両岸には、川を越えて福岡、佐賀県の飛び地が点在している。河川改修が行われる以前の蛇行する旧流路が藩境であったことの痕跡だ。

区画された農地の間を旧藩境の水路が蛇行する(中央)。左が大詫間(佐賀市川副町)で右が大野島(福岡県大川市)(3日)=中島一尊撮影
区画された農地の間を旧藩境の水路が蛇行する(中央)。左が大詫間(佐賀市川副町)で右が大野島(福岡県大川市)(3日)=中島一尊撮影

 このうち河口にある南北約8キロ、東西約2キロの三角州は、北が福岡県大川市で、南が佐賀市。南北に分けるかつての藩境は幅数メートルの水路だ。

 「柳川藩だった北は大野島、佐賀藩だった南は大詫間と呼ばれています。もとは二つの三角州だった名残です」と、大野島の区長会長、江頭光郎さん(75)が教えてくれた。島を蛇行する水路は直線的な周囲の農地と対照的で、区画整理でも境界には手をつけなかったことを物語る。

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2184182 0 解藩知県第1部遺風 2021/07/06 19:02:00 2021/07/06 19:02:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210706-OYTAI50052-T.jpg?type=thumbnail

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