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[解藩知県]令和の殿<1>旧長州藩毛利家 毛利元敦さん 81

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「三本の矢」いつも頭に

 1871年(明治4年)の廃藩置県で旧大名家は東京転居を命じられ県政への関与を断たれたが、現在まで文化や教育などさまざまな形での縁が続いている。連載「解藩知県」第3部では、大名家の子孫の方々に、その人生とふるさとへの思いを語ってもらった。

 戦国時代、安芸(広島)の一豪族から中国地方全域を支配する大大名に成長した毛利元就は、毛利家の繁栄のため、3人の息子に書状「三子教訓状」で結束を説いていた。書状に言及はないが、「1本の矢は簡単に折れても3本束ねると折れない」という「三本の矢」のエピソードは、この書状が由来といわれる。

 「サラリーマン時代から、周囲と力を合わせることの大切さは、常に頭に置いておくようにしていました」。山口県防府市の多々良山のふもと、広大な敷地をもつ旧毛利家本邸で元就の子孫、 元敦もとあつ さんは語った。毛利家は長州藩主として現在の山口県を治めた。元敦さんは、最後の藩主、第14代 元徳もとのり のひ孫にあたる。

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2260806 0 解藩知県第3部令和の殿 2021/08/04 14:06:00 2021/08/23 14:54:42 毛利家の邸宅で藩主の子孫としての歩みを振り返る毛利元敦さん(6月29日、山口県防府市で)=大野博昭撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210804-OYTAI50002-T.jpg?type=thumbnail

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