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[解藩知県]令和の殿<7>旧唐津藩小笠原家 小笠原一憲さん 74

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思わぬ縁 寮生見守る

 新宿から小田急線で30分余り、川崎市麻生区の閑静な住宅街に学生寮・ 久敬社きゅうけいしゃ 塾はある。ロビーには佐賀県唐津市の秋祭り、唐津くんちの 曳山ひきやま赤獅子あかじし 」の複製が飾られていた。

久敬社塾には唐津くんちと同じ形の赤獅子も飾られている。「先祖からの不思議な縁を感じます」と小笠原一憲さん(川崎市麻生区で)=田中秀敏撮影
久敬社塾には唐津くんちと同じ形の赤獅子も飾られている。「先祖からの不思議な縁を感じます」と小笠原一憲さん(川崎市麻生区で)=田中秀敏撮影

 塾は1878年(明治11年)、旧唐津藩小笠原家の 長行ながみち が東京の自邸の一室を、唐津出身の若者に開放したのが始まりだ。東京駅を設計した辰野金吾、早大2代学長の天野為之はここから巣立った。「大学の授業は今どうなっていますか。コロナ禍で本当に大変だね」。現在も唐津出身者を中心に受け入れており、長行の曽孫、一憲さん(東京都狛江市)は名誉顧問として、14人の寮生を温かく見守る。

 小笠原家は、母方が徳川家康につながる譜代大名だ。杵築(大分)、三河吉田(愛知)、岩槻(埼玉)など国替えが続き、唐津6万石を治めたのは廃藩置県までの半世紀だ。一憲さんは「唐津にいた時期はわずかでしたが、それでも長行公は、唐津の若者の力になりたかったのでしょう」と語った。

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2339822 0 解藩知県第3部令和の殿 2021/09/04 05:00:00 2021/09/04 05:00:00 唐津藩主だった小笠原家の現当主・小笠原一憲さん(12日、川崎市麻生区の「久敬社塾」で)=田中秀敏撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210904-OYTAI50000-T.jpg?type=thumbnail

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