読売新聞オンライン

メニュー

特攻隊長「運命」の出会い 出撃2日前、愛した音楽医師宅で…大刀洗記念館企画展再開へ

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

小林少尉の日記の内容などを紹介するパネル(手前)(福岡県筑前町の町立大刀洗平和記念館で)
小林少尉の日記の内容などを紹介するパネル(手前)(福岡県筑前町の町立大刀洗平和記念館で)

 戦時中、クラシック音楽好きの特攻隊長と医師の運命的な出会いが熊本市であった。沖縄周辺海域への出撃直前、買い求めようとしたベートーベンのレコードが見つからず、偶然店に居合わせた医師が自宅に誘って聴かせてくれた。隊長が当時の思いをつづった日記の内容を紹介する企画展が21日、福岡県筑前町の町立大刀洗平和記念館で再開される。(小松一郎)

「何と美しき余の心に喜び」

 この特攻隊長は、76年前の沖縄戦に投入され、23歳で亡くなった茨城県出身の小林敏男少尉。記念館などによると、前橋陸軍予備士官学校を経て大刀洗陸軍飛行学校で操縦を学び、同校で教官も務めた。1945年2月、同校の廃止などに伴い、教官らで特攻隊が編成され、誠第37飛行隊の隊長となった。日記の実物は現存しないが、複写や書き写した資料が残っている。

 〈生命をささげむ好機ついに至る〉(2月17日)

 〈すべては捨つる時なり。音楽も、愛情も、友情も今は要なし〉(2月18日)

 小林少尉は特攻隊が編成されたときの心境を日記にこう記し、「最後のレコード」を聴いたとした。

 しかし、熊本にいた出撃2日前の4月4日、衝動を抑えきれず、レコード店に足を運んだ。そこで医師の竹内 節行たかゆき さん(故人)と出会った。

 竹内さんの長男で、当時の話を聞かされていた医師の義彦さん(68)(熊本市)らによると、ベートーベンの交響曲第5番「運命」を見つけられなかった小林少尉は竹内さんに声をかけられ、自宅で運命のほか、シューベルトの歌曲集「冬の旅」、ショパンの「24の前奏曲」などを鑑賞した。

 そのときの様子も日記に残している。

 〈美しき音楽にひたりたき衝動にかられ、明るいうちより外に出づ〉〈第五、ショパンのピアノ等々。ああ、何と美しき事よ。音楽こそ余の心に喜びを与える唯一の武器なり〉(4月4日)

 〈命あり、薄暮突撃を敢行せよと。命を拝して われ に感なし。桜花散るこの時、散り得る身の幸福をつくづく感じぬ〉〈人生は美しうございました〉(4月5日)

 出撃当日(4月6日)の朝、小林少尉が事前に説明していた通り、竹内さんの自宅の上空で機体が旋回。操縦員がハンカチを振っていた。その日の午後、小林少尉は宮崎県の新田原飛行場から隊員らと出撃し、沖縄周辺の海域で亡くなったという。義彦さんは「父は涙を流しながら小林少尉との思い出を話していた」と振り返る。

 小林少尉の妹、 和仁わに 喜和子さん(91)(東京都三鷹市)は、クラシック音楽のレコードを聴くため、兄が親族の家に通っていたのを記憶している。温厚な人柄だったという。「戦死しなかったら、民間のパイロットなどになって戦後の復興に力を発揮したことでしょう」。和仁さんはこう悔やむ。

 記念館は日記に関する資料を遺族らから提供してもらってパネルにし、誠飛行隊を紹介する企画展の展示物の一つとした。

 新型コロナウイルスの影響で臨時休館中だが、21日から再開し、8月31日まで企画展を開く予定だ。 尾籠おごもり 浩一郎館長は「小林少尉の日記は特攻隊長の素顔を伝える貴重な資料。任務の重さや悩み、揺れる心情を感じてほしい」と話している。

無断転載・複製を禁じます
2135448 0 ニュース 2021/06/18 15:00:00 2021/06/18 15:00:00 2021/06/18 15:00:00 小林少尉の日記などについて紹介する企画展(17日午前11時52分、福岡県の筑前町立大刀洗平和記念館で)=小松一郎撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210618-OYTNI50014-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)