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大けが越え夢舞台、東京五輪女子ハンド原希美主将…延岡の恩師からもらった「お守り」を力に

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 東京五輪にハンドボール女子日本代表(愛称、 おりひめジャパン )が、1976年のモントリオール大会以来の出場を果たす。チームを率いるのは、宮崎県延岡市出身で主将の原 希美のぞみ 選手(30)(三重バイオレットアイリス)。日の丸を背負って約15年で、けがで代表落ちも経験したが、ひたむきさで、はい上がってきた。恩師からもらった手作りの「お守り」を力に変え、大舞台に挑む。(平島さおり)

日本ハンドボール選手権でゴールを決める原選手(昨年12月、金沢市で)=細野登撮影
日本ハンドボール選手権でゴールを決める原選手(昨年12月、金沢市で)=細野登撮影

 代表チームの背番号「24」や五輪マークが刺しゅうされた生地が愛用のリュックに付けられている。原選手のお守りで、代表から外れた1年半ほど前、小学生時代のコーチからもらった。

 原選手は姉の影響で小学3年でハンドボールを始めた。地元スポーツ少年団で出会ったのがコーチだった和田清子さん(53)。社会人で競技経験のある指導者は、全力を出し切ることが大事と教えてくれた。

 すぐに頭角を現した。小学6年で身長1メートル63。頭一つ抜けていたが、体格や運動能力が高いだけでなく、まじめな性格が上達につながった。和田さんは「手を抜く姿を見たことがない。何よりハンドボールが好きな子だった」と振り返る。

 中学3年でU―16日本代表に選出。世代別の代表となり、大学4年でフル代表のメンバーになった。エースポジションのLB(レフトバック)で味方が苦しい時こそ、全力でプレーした。攻守に体を張る姿に信頼も厚く、リオデジャネイロ大会の出場を逃した後の2016年に主将となった。日本代表は18年に男女とも開催国枠を得て、女子は45年ぶりの五輪出場を決めた。

 しかし、19年11月に不運が襲った。練習中に右膝の前十字 靱帯じんたい を断裂。五輪開幕まで1年を切る中、代表落ちした。古里に近い熊本での世界選手権も半月後に迫っていた。恩師らに懸命のプレーを見てもらうはずだった。

 世界選手権で、会場で選手のサポート役などを行っていた時、客席に現れたのが和田さんだった。中学高校、社会人と試合会場に顔を出し応援してくれていた。恩師を前に言葉が出ず、涙があふれた。お守りを手渡された。「絶対に間に合わせる。五輪での活躍を見てもらう」と誓った。

 1週間後には膝を手術し、リハビリに励んだ。五輪に間に合うか不安で押しつぶされそうになったが、そのたびお守りを見て鼓舞した。体調は徐々に回復する中、五輪は延期が決まった。昨夏に所属チームのリーグ戦に戻ると、昨年11月には代表復帰を果たし、主将を任された。舞台は整った。

 おりひめジャパンは25日に初戦を迎える。相手は19年の世界選手権で優勝したオランダ。テレビ観戦する和田さんは、試合会場でここぞという場面で発してきた「のん(希美)! 一本!」と声をかけるつもりだ。原選手は「自分のすべてをかけ、気持ちの入ったプレーを見せたい」と意気込んでいる。

  おりひめジャパン  2013年に公募で決まったハンドボール女子日本代表チームの愛称。19年の世界選手権では、参加チームが24となった1997年以降で最高の10位。五輪出場は2度目で、東京大会は開催国枠となる。

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2218589 0 ニュース 2021/07/19 15:00:00 2021/07/19 15:00:00 2021/07/19 15:00:00 日本ハンドボール選手権(女子の部)前半、ゴールを決める三重バイオレットアイリスの原(24日、金沢市で)=細野登撮影前半、ゴールを決める三重バイオレットアイリスの原希美(24日)=細野登撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210719-OYTNI50020-T.jpg?type=thumbnail

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