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「ホッケーのまち」に恩返し 伊万里 半世紀前から選手育成…鳥山「故郷にメダルを」

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 東京五輪・ホッケー女子日本代表「さくらジャパン」のFWで佐賀県伊万里市出身の鳥山麻衣選手(26)が25日、中国との初戦に出場する見通しだ。同市は半世紀前から地域を挙げて選手育成に取り組んできた「ホッケーのまち」。地元で生まれ育ったホッケー選手として初めて五輪に出場する鳥山選手は「メダルを取って故郷に恩返ししたい」との思いを胸に世界に挑む。(丸山滉一)

25日中国と初戦

ホッケー女子日本代表の鳥山麻衣選手(日本ホッケー協会提供)
ホッケー女子日本代表の鳥山麻衣選手(日本ホッケー協会提供)

 小学4年の時、友人の誘いで見学した「伊万里ホッケークラブ」に入った。専用グラウンドはなく、練習場所は放課後の小学校グラウンド。遊具のタイヤの穴にボールを通すドリブル練習を積み重ね、日が暮れると、保護者らに車のヘッドライトで照らしてもらった。恵まれたとは言えない環境の中で、めきめきと力をつけた。

 中学時代から日本代表入りし、2018年9月の国際大会では決勝点を決めて優勝に貢献。その後の約2年間は代表に入れない時期が続いたが、悔しさをバネにレベルアップを図った。所属する南都銀行(本店・奈良市)の全体練習が新型コロナウイルスの影響で中止になっても、毎日、自分で置いた障害物の間をドリブルしてシュートする練習を数百本重ねた。

 この間、心の支えとなったのが「原点」と語る伊万里市への思いだ。

 同市は1976年に開催された佐賀国体でホッケー会場となり、選手育成のため、67年に旧伊万里商業高(現・伊万里実業高)にホッケー部が誕生。同国体で佐賀県が総合1位に輝くとブームが起き、一気に競技人口が増えた。鳥山選手も同高で持ち味のスタミナやドリブルの技術を培った。

 だが、時間とともにホッケー人気は下火に。2000年前後には同高女子部員は最少で3人に減り、男子は一時休部状態になった。そこで、OBらが競技の裾野を広げようと、1999年に小中学生向けの「伊万里ホッケークラブ」を設立した。

 現在は小学生約40人、中学生約15人が練習に汗を流す。設立に関わったコーチの川原邦弘さん(56)は「今では多くのOBが戻って指導してくれている」と手応えを示す。

 鳥山選手も3月、代表選考合宿の合間を縫って地元でホッケー教室を開催。終了後、参加者から感謝の手紙が十数通届いた。「私も鳥山選手のように日本代表を目指したい」。子どもたちの言葉に刺激を受け、練習に熱がこもった。今年6月、日本代表に内定し、夢だった五輪出場を決めた。

 旧伊万里商業高男子ホッケー部で初代主将を務めた神林茂晴さん(71)は「最初は経験者もおらず、情熱頼りの練習だった。試合で一度も勝てずに悔しい思いをしたが、鳥山選手の代表入りで報われた」と目を細める。

 五輪では豊富な運動量を生かした得点力に期待がかかる鳥山選手。「選手としての今があるのは、伊万里で指導者や仲間たちに恵まれたおかげ。メダルという結果を残すことで恩返ししたい」と意気込んでいる。

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2229027 0 ニュース 2021/07/23 05:00:00 2021/07/23 05:00:00 2021/07/23 05:00:00 初戦に臨む鳥山選手=日本ホッケー協会提供撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210723-OYTNI50019-T.jpg?type=thumbnail

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