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ソフト連覇 上野の13年分の快投に恩師から「お疲れさま」

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 日本の絶対的エースは、最後まで勇気を与えてくれた。東京五輪・ソフトボールの決勝に先発した投手の上野由岐子選手(39)(ビックカメラ高崎)は、北京五輪以来の13年間、温めた思いを一球一球に込めた。世界のトップ選手となってからも母校の恩師や後輩たちへエールを送り続けた上野選手。熱戦を見守った人たちは、 渾身こんしん の投球に惜しみない拍手を送った。(峰啓、大久保和哉)

米国との決勝戦で活躍した上野由岐子選手(27日、横浜スタジアムで)=吉野拓也撮影
米国との決勝戦で活躍した上野由岐子選手(27日、横浜スタジアムで)=吉野拓也撮影

 七回、前の回でいったん降板した上野選手が再びマウンドに上がった。3人を打ち取り、歓喜の輪の中心で満面の笑みを見せた。

 「13年間研究を続けたからこの投球ができる。素晴らしかった」。上野選手の母校・九州女子高(現・福岡大付若葉高、福岡市)で3年間、担任だった池田憲二さん(57)は語り、教職員や在校生計約40人と校内でテレビ中継を見つめ、大役を務めた教え子の姿に拍手を送った。

 上野選手は高校入学時、既に全国区。“大物”の入学に「けがだけさせんどこうね」と教員同士で話したほどだった。入学後も世界ジュニア選手権で優勝するなど、逸材はさらに成長。しかし、トップ選手になってからも上野選手は何事にも手を抜かなかった。

 遠征や帰宅が遅い日が続いても、学校の課題はちゃんと期限までに仕上げた。体育の授業では率先して後片付けを手伝い、「一流の選手は雑用も一流」と、年代別日本代表で学んだことを実践した。 靱帯じんたい を切って修学旅行に参加した友人のためには、車いすが使えない場所でおんぶしてやった。

 恩師や後輩など周囲への気遣いは、卒業から約20年が過ぎた今も変わらない。昨年5月にはソフトボール部の後輩を励ますためにメッセージを書いた色紙を送った。新型コロナウイルスの感染拡大で多くの大会が中止となり、目標を奪われた3年生一人一人に渡した。

 「できないことをなげくより できるひとをうらやむより できることを精一杯 できることに感謝しながら」

 2008年の北京五輪で金メダルを取った後、五輪種目から外れたソフトボール。目標を失いかけた経験があったからこそ、送ることができたエールだった。

 6月、池田さんに「金メダルを取って、 凱旋がいせん します」とメッセージが届いた。約束をしてくれた教え子に池田さんは「やっと肩の荷が下りたと思う。帰ってきたら『お疲れさま』と声を掛けたい」とつぶやいた。

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2240925 0 ニュース 2021/07/28 05:00:00 2021/07/28 05:00:00 2021/07/28 05:00:00 ソフトボール決勝 5回1死、ピッチャーゴロを処理する上野由岐子(27日、横浜スタジアムで)=吉野拓也撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210728-OYTNI50008-T.jpg?type=thumbnail

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