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【長崎被爆】末永浩さん 85(長崎市)

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制作した紙芝居を手に平和への思いを語る末永さん(長崎市で)
制作した紙芝居を手に平和への思いを語る末永さん(長崎市で)

 当時9歳。国民学校4年生だった僕は、祖父母を頼って長崎県諫早市に兄とともに疎開していた。あの日、ジャガイモの皮をむいていた時だ。突然、周囲が白く光り、「稲光にしては天気がいいな」と不思議に思っていた。長崎に救援物資を運んだ叔父のおかげで、翌日には母たちの無事がわかり安心した。

 終戦を迎え、19日に長崎市に戻って被爆した。市街地に向かう列車の車窓から見たのは、一面の焼け野原だ。長崎医大(現・長崎大医学部)の煙突が折れ、製鋼所の屋根があめ細工のように曲がっていた。「とんでもない爆弾だ」と感じた。

 病死した父に代わって母が建設労働で生計を立てて4人の子どもを育てた。被爆した妹は家族を残し、がんで他界した。生き残った者にも影響をもたらす原爆が怖くなった。

 僕は旧郵政省貯金局で働きながら、夜間の高校や大学に通い、中学、高校の社会科の教員免許を取った。教壇に立ったのは29歳の時。すでに原爆投下から20年が経過し、惨状を知らない子どももいた。何とかしなければと、1970年頃から被爆体験を語っている。僕は長崎で直接、被爆したわけではないので、語っていいのか最初は悩んだ。

 ただ、被爆者が次々と亡くなる中、原爆の記憶が断絶してしまうのではないかという危機感があった。2007年からは、ほかの被爆者らの有志と、大けがを負いながら被爆者運動を率いた山口仙二さん(2013年82歳で死去)、谷口稜曄さん(17年88歳で死去)らを題材にした紙芝居を作り、継承に活用している。

 修学旅行生らに年間約50回、証言活動をしている。コロナ禍で修学旅行が相次いで中止になり、去年はオンラインでの証言にも挑戦した。直接、顔を見られないやりにくさはあったが、被爆地に来られない状況では次善の策になりそうだ。

 子どもたちに体験を語る際には、原爆投下から76年たっても放射線の後遺症が続くこと、核兵器が世界中に多く残っていることに触れて「現在まで続く問題だよ」と伝えるようにしている。命ある限り、核兵器をなくすために行動していきたい。

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2260716 0 ニュース 2021/08/04 13:00:00 2021/08/04 13:00:00 2021/08/04 13:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210804-OYTNI50013-T.jpg?type=thumbnail

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