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大火砕流から30年、教訓後世に 「普賢岳ドクター」元観測所長の執務室…島原の記念館に再現

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 43人が犠牲となった長崎県の雲仙・普賢岳の噴火災害で、災害対応の中心的な役割を担った九州大島原地震火山観測所(現・九州大地震火山観測研究センター)元所長の太田一也・同大名誉教授(86)の執務室が今月、同県島原市の雲仙岳災害記念館に再現された。大火砕流から今年で30年を迎え、災害の歴史と教訓を後世に伝えていく。(受田至弘)

雲仙岳災害記念館に再現された太田さんの執務室(9月1日、長崎県島原市で)=受田至弘撮影
雲仙岳災害記念館に再現された太田さんの執務室(9月1日、長崎県島原市で)=受田至弘撮影

 普賢岳は、太田さんが観測所長に就任して4年後の1990年11月、198年ぶりに噴火し、翌91年6月には大火砕流が発生した。太田さんは避難勧告や警戒区域の設定に関わり、火砕流や土石流発生時の対応なども行政機関に提言した。98年の退官後は講演や執筆を通じて、現場での危機感が共有されず、避難勧告の対象区域内で犠牲者を出してしまったことなど、災害の教訓を伝えている。

           太田一也氏
           太田一也氏

 再現された執務室は約40平方メートル。災害時は鉄筋平屋の研究棟の一角にあった。実際に使っていた溶岩ドームのスケッチや島原半島の地質データといった観測資料などを広げた愛用の机のほか、いすや本棚なども移設された。

 執務室から重要な要請が行われたこともあった。大火砕流発生後の91年6月17日、噴火活動でできた溶岩ドームの噴煙が激しさを増していた。危険を感じた太田さんは執務室から、当時の鐘ヶ江管一・島原市長(90)に電話をかけ、立ち入り制限を伴う警戒区域の拡大を要請した。鐘ヶ江さんは警戒区域を広げ、対象となった老人ホームから多くの人が避難するなどした。

 記念館内の資料室では噴火当時の写真アルバムや噴火関連の書籍類など約150点も自由に閲覧できる。太田さんから寄贈された資料は約3000点に上っており、その他の資料も申請すれば閲覧できるという。

 杉本伸一館長(71)は「資料の寄贈で記念館の役割はさらに増す。資料からは、太田先生の研究に対する姿勢も感じ取れる」と話す。記念館の学芸員で研究室長の長井大輔さん(46)は「来館者の探究心に応える展示を考えていきたい。新たな『火山のホームドクター』の育成のためにも役立つはず」と期待する。

 太田さんは「執務室の再現や資料の公開は大変光栄。噴火災害を後世に伝え、防災に役立ててもらえればうれしい」と話している。

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2383656 0 ニュース 2021/09/21 15:00:00 2021/09/21 15:00:00 2021/09/21 15:00:00 再現された執務室を紹介する長井さん https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210921-OYTNI50017-T.jpg?type=thumbnail

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