真珠湾 高揚は一瞬 惨劇証言元乗組員「命大切にする社会に…日米開戦80年

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 旧日本軍による 真珠湾攻撃 で太平洋戦争が始まってから12月8日で80年となる。奇襲作戦の主力空母「加賀」の乗組員だった福岡市南区の長沼元さん(101)の脳裏には、開戦に奮い立った日の高揚感と、戦地で目にした惨状が焼き付いている。多くの犠牲者を出した戦争の体験者が減る中、家庭内での悲惨な事件などが相次ぐ現状に胸を痛め、「命を大切にする社会であってほしい」と強く願う。(後田ひろえ)

海軍兵時代の写真や資料を広げ、真珠湾攻撃などの戦争体験を話す長沼元さん(24日、福岡市南区で)=中山浩次撮影
海軍兵時代の写真や資料を広げ、真珠湾攻撃などの戦争体験を話す長沼元さん(24日、福岡市南区で)=中山浩次撮影

「攻撃」まさか

 1941年11月下旬、海軍の整備兵として乗り込んでいた加賀は、空母の赤城、飛龍などと北海道の北東にある択捉島・ 単冠ひとかっぷ 湾を出発し、太平洋上を進んでいた。その数日後、乗組員全員が甲板に集められた。

 「ただ今より重大発表をする。我が航空艦隊は12月8日、ハワイ真珠湾を攻撃する」

 艦長の言葉に、周囲は静まりかえった。「まさか。本当だろうか」。半年前に入隊したばかりの長沼さんは耳を疑った。一瞬の静寂の後、発表の意味を悟った兵士らは沸き返った。

 攻撃の日の早朝、準備に追われる総勢約2000人の乗組員らの中で、長沼さんは九七式艦上攻撃機に800キロの爆弾を取り付けた。「チョーク(車輪止め)取れ!」。号令とともに一番機から順に飛び立つ零戦を、万歳をして見送った。

真珠湾攻撃  1941年12月8日未明(現地時間7日朝)、旧日本海軍の空母6隻などからなる機動部隊が、米ハワイ・オアフ島の真珠湾に停泊中の米太平洋艦隊を奇襲攻撃した。アジアでの権益拡大、日独伊三国同盟締結などを進める日本への警戒感を強める米国に対し、戦意喪失と太平洋での機動力低下を狙った。戦艦8隻を撃沈・撃破するなど大打撃を与え、米側の死者は約2400人に上った。

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