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従軍記「戦争は二度と」
同連隊でコタバルに上陸した佐賀県太良町の竹下渕郎さんは、2007年に89歳で亡くなる前、過去に執筆した体験談も合わせて一冊の従軍記をまとめた。100ページを超える冊子には、上陸時の情景が詳細につづられている。

<敵は早くも我が軍の上陸を察知したらしく、上陸地点と思われる地点より銃砲の発射光が見え始めた。(中略)敵の撃ち出す砲弾や機銃弾は熾烈を極めたため、砂浜に散兵壕を掘って身を潜めた>
作戦後に帰国し、1944年に再召集された。満州(現中国東北部)とソ連の国境警備中にソ連侵攻に遭い、シベリアに抑留された。酷寒の地で収容所に連行された日本兵らは、飢えや寒さで次々と亡くなった。
<食事はコーリャン、大豆が主食で大豆を浮かしたスープが何か月も続いたので栄養失調者が出始める>
作業が遅れているとして、ロシア人将校から何度も拳銃を突きつけられた。<敗戦国のあわれさ 残念で残念でたまらない>
戦後はミカン農家として働く傍ら、家族にも語らなかった記憶を書き残した。
<戦争は子々孫々の代まで二度と起すべきでない>
従軍記は、この一文から始まる。
竹下さんのメッセージを後世に伝えるため、次男の安良さん(63)は記録の活用方法を検討している。「父の思いを受け止め、自分にできることを考えたい」
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