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二戸の温泉宿に座敷わらしを訪ねる

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盛岡支局長 林 英彰

北東北・大雪・金田一…ハンドル握り膨らむイメージ

 照明が落とされた真夜中の和室でひとり、木彫りの座敷わらしと向き合った。厳冬の岩手県北部の旅館。客が供えた菓子やおもちゃが並んでいる。よく見ると、赤い風船がひとつ、前後にゆっくり、ゆらゆらと。そろそろ現れる頃だろうか。

「槐の間」に安置されている木彫りの座敷わらし
「槐の間」に安置されている木彫りの座敷わらし

 2021年の正月。盛岡から青森県境の二戸市に向かった。東北自動車道と八戸自動車道に分岐する安代(あしろ)ジャンクション付近は激しい雪で、かすかに見える前方車の後尾灯を頼りに車を走らせる。目的地は市北部の金田一温泉郷。神霊とも精霊ともいわれる座敷わらしに会いにいく小旅行だ。

 金田一といえば、「八つ墓村」など横溝正史の推理小説に登場する金田一耕助が思い浮かぶ。人気漫画「金田一少年の事件簿」の主人公で、耕助の孫との設定の金田一(はじめ)もいる。いずれも怪事件、難事件を解決する名探偵だ。

 北東北、大雪、そして金田一…。ハンドルを握りながらイメージが勝手に膨らむ。何かが起こる予感がする。

金田一温泉郷の高台からの眺望。一夜明けたら良い天気だった。中央付近の塀に囲まれた辺りが緑風荘
金田一温泉郷の高台からの眺望。一夜明けたら良い天気だった。中央付近の塀に囲まれた辺りが緑風荘

 温泉郷に着く頃、雪はやんでいた。ここは約400年前の発見とされ、江戸時代は周辺を支配する南部藩の指定湯治場だった。今は宿が6軒ある

 地名の金田一は由来が定かではない。「山の方にある川のところ」を意味するアイヌ語にちなむなど、いくつかの説が残る。

 鉄道だと、IGRいわて銀河鉄道の文字通り「金田一温泉」が最寄り駅だ。駅前の看板塔には「座敷わらしの里」と記されている。この地ではやはり、重要なアイテムらしい。

古い家に隠れ住み、いたずらもするが繁栄もたらす

 本題に入ろう。

 座敷わらしは古い家に隠れ住み、いたずらもするが繁栄をもたらし、いなくなると家運が傾く――というのが、典型的ないわれだ。「日本妖怪大百科VOL.05」(講談社)にある座敷わらし分布地図では、盛岡や遠野、北上など岩手県内の8市町村を紹介している。だが、座敷わらし好きの間では、地図に記載のない二戸市にある、1950年創業の旅館「緑風荘」が最も有名な場所だろう。

 そして、この宿の座敷わらしには名前がある。

 南北朝時代、宿主の先祖は、南朝の後醍醐天皇に仕えていた。北朝に敗れてこの地に落ち延びる道中、当時6歳の息子の亀麿(かめまろ)が「末代まで家を守り続ける」と言い残し、病死したと伝えられている。

緑風荘の敷地内にある亀麿神社。外部からの参拝ルートもある。左側は稲荷神社
緑風荘の敷地内にある亀麿神社。外部からの参拝ルートもある。左側は稲荷神社

 宿泊手続きを済ませ、中庭にある亀麿神社で手を合わせた。小さな(ほこら)だが、外部からの参拝ルートもあり、人気観光スポットのようだ。

 玄関を入ると左側にあるのが、宿泊客の共有スペース「(えんじゅ)の間」。亀麿が住むとされる部屋で、木彫りの座敷わらしが安置されている。客が宿で撮影した、光の玉(オーブといわれ、霊魂との説もある)が写り込んだ写真を整理したアルバムは閲覧自由だ。数え切れないほどの光の玉が写ったものもある。迫力満点で、亀麿は相当いたずら好きかもしれない。

 子供っぽい話題だと思うなかれ。宿には作家の遠藤周作や漫画家の水木しげるら多くの著名人が亀麿に興味を抱き、滞在している。二戸市にゆかりのある芥川賞作家の三浦哲郎は、緑風荘をモデルとした旅館が舞台の本を書き、大勢の座敷わらしを登場させているのだ。

説明できぬもの写る2枚の写真…

 活況を呈した緑風荘だが、2009年10月に築300年以上の建物が火災に遭い、全焼してしまった。しかし、亀麿は去らなかったようだ。16年に営業を再開。いまもファンが各地にいる。特に不思議な体験をした客の中にリピーターが多いという。

 ちなみに、かつてのリピーターに、もう1人の有名な金田一がいる。言語学者の金田一京助で、先祖の領地があった縁でよく訪れたという。緑風荘には自ら詠んだ短歌を刻んだ歌碑がある。

 なつかしき 故郷の丘の石のおも わが名をきざむ とはのあかしに

真夜中の「槐の間」。宿泊客はいつでも入れるが、さすがに緊張する
真夜中の「槐の間」。宿泊客はいつでも入れるが、さすがに緊張する

 さて、真夜中の槐の間である。

 結論から言おう。亀麿には会えたかどうか、確証はない。しかし、風船の揺らぎは、決して空調のせいではないと思う。槐の間の隣にある「常居の間」で撮影した2枚の写真には、ばかにされそうで見せないが、自分には説明できないものが写っている。

 宿の主人、五日市(しょう)さんは、「亀麿がおもてなしをしてくれるので、我々は環境を整えるだけ。非日常体験でリフレッシュしてくれたら」と話す。ここで見聞きしたことを素直に受け入れると、亀麿がいとおしく感じてくる。これが魅力か、と思う。

 言い忘れたが、接客は丁寧で食事もおいしい。最近、露天風呂もできたという。県外の皆さんも、世の中が落ち着いたら訪ねてみては。ただ、夜中ひとりで槐の間にたたずむのは、ちょっと勇気が必要だ。

プロフィル
林 英彰(はやし・ひであき)
1965年6月11日、千葉県生まれ。20代前半は米国に遊・留学して過ごす。92年、26歳で読売新聞東京本社に入社し、水戸支局に。国際部、ニューデリー・甲府・ジャカルタ・富山・成田の各支局、北陸支社事業担当、英字新聞部などを経て、2020年9月から盛岡支局長。珍味、郷土食に関心高し。音楽は民謡からメタルまで薄く広く愛聴。旅好き。行けない時は冒険本、ロードムービーで我慢。広大な岩手県をはじめ、東北各地を隅々まで巡ってみたい。

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1913959 0 We Love みちのく 2021/03/18 12:00:00 2021/03/18 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210308-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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