読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

M78星雲「光の国」と姉妹都市、福島・須賀川に特撮の神様を訪ねる

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

We Love みちのくWe Love みちのく

福島支局長 広中 正則

ウルトラマンから怪獣まで、ずらり13体

 ウルトラマンやゴジラを生み、「特撮の神様」と呼ばれた円谷(つぶらや)英二(1901~1970)。その出身地・福島県須賀川市には、あちこちに特撮(特殊撮影)にまつわるスポットがある。ミニチュアを使ったり映像を合成したりすることで生み出された空想世界に思いをめぐらせながら、街歩きをするのも楽しい。

松明通り沿いに立つウルトラマン(初代)のモニュメント。スペシウム光線を放つポーズだ
松明通り沿いに立つウルトラマン(初代)のモニュメント。スペシウム光線を放つポーズだ

 福島県中部に位置する須賀川市は2013年、ウルトラマンの故郷「M78星雲 光の国」と姉妹都市提携をした。「300万光年をつなぐ姉妹都市」という発想がユニークだ。英二が創設した円谷プロダクション(東京)の協力も得たという。

 JR須賀川駅前には、提携を記念したモニュメントが立つ。

 右手を突き上げ、空に向けて力強く飛翔(ひしょう)するウルトラマンのイメージだという。

 英二が監修したウルトラマン(初代)のテレビ放送が始まったのは1966年(昭和41年)。その再放送をかじりつくように見て育った世代だけに、「正義のヒーロー」に心躍った感覚が少しよみがえってきた。

 中心市街地に向かう松明(たいまつ)通りを歩く。約1キロの間に13体のモニュメントが点々と立ち並ぶ。腕を交差させ、光線を放つ構えをしたタロウ、エース、そしてゾフィー……。

ウルトラマンを倒したゼットン。近くには怪獣のベムスターやエレキングの像も
ウルトラマンを倒したゼットン。近くには怪獣のベムスターやエレキングの像も

 台座を含めて高さは2メートル前後。円谷プロに特注したというだけあって、今にも動き出しそうだ。次は怪獣。ウルトラマン(初代)を倒したゼットン、大阪城を破壊する場面が印象的なゴモラ、放電光線を発射するエレキングもいる。お金を主食とするカネゴン、人間に友好的だったピグモンはベンチに座った格好で、親子連れが一緒に記念撮影をしていた。

 ストーリーを思い出しながら眺めるのも楽しい。

 通り沿いには、ウルトラマンの顔をかたどったクリームパンを売るベーカリーもあった。「ウルトラマンの街」が根付いているのだろう。

お金を主食とするカネゴンはベンチに座っている。隣で記念撮影する人も多い
お金を主食とするカネゴンはベンチに座っている。隣で記念撮影する人も多い

「不可能」はダメ、「できます」と言いきれ

 近くの市民交流センターに入る「円谷英二ミュージアム」を訪ねた。高さ約2メートルのゴジラがすぐに視界に入る。英二が特撮を手がけた映画「ゴジラ」(1954年)のスーツ(着ぐるみ)を再現したそうだ。当初のスーツは重さが100キロ近くあって動かすのも大変だったとか。

 展示について説明してくれた担当者は「(英二監督は)逆境の中でも常に夢を追い求め、あきらめずに前に進んでいった方だと思う。どんな人生を送ったのか知ってもらいたい」と話した。

 飛行機乗りを夢見た少年時代から、「活動写真」と呼ばれていた映画に関わり始め、特撮に傾倒していった時代、戦意高揚の国策映画を手掛けたとして公職追放となった時代、ゴジラの大ヒットで特撮技術を使ったカットを演出する「特技監督」(特撮監督)の地位を得た時代、テレビの可能性に着目して「ウルトラQ」や「ウルトラマン」の番組を成功に導いた時代……。展示パネルを一つひとつ眺めながら、紆余(うよ)曲折の一生をたどる。

 「希代のアイデアマンですよ。『プロなら不可能があってはだめ』『できますと言いきりなさい』と。(英二監督から)プロ意識を学びました」

 特撮を共にした関係者の、そんなインタビュー映像が流れていた。みそ汁の底に沈んだみそをかきまぜた時に「噴煙」の撮影に使えないかと思い立ち、すぐに試してみるような人だったという。

 交流センターの近くに立つ生誕地碑のそばでは、英二の「いとこの子」にあたる円谷誠さん(61)が喫茶店を営む。コーヒーをいただきながら思い出話を聞かせてもらった。

 英二が上京した時から公職追放となった戦後まで、実家とやり取りした手紙も見せてもらった。英二と特撮の歴史が重なってくる。誠さんの幼なじみで、手紙や関係者へのインタビューをもとに英二の評伝を書いたクリーニング会社社長の鈴木和幸さん(61)に話を聞くと、「一般に怪獣をつくった人という印象ですが、実は日本の映画技術の発展に寄与してきた方というのが本当のところです」と解説してくれた。

須賀川特撮アーカイブセンターに収蔵されている戦艦三笠の模型。英二が特技監督を務めた映画「日本海大海戦」で使われた
須賀川特撮アーカイブセンターに収蔵されている戦艦三笠の模型。英二が特技監督を務めた映画「日本海大海戦」で使われた

一から作り上げ、細部まで精巧なミニチュア

 それから車で20分ほどの「須賀川特撮アーカイブセンター」へ足を延ばした。英二が特技監督を務めた最後の長編映画「日本海大海戦」(1969年)で使われた戦艦三笠の模型を見たかった。実物の約21分の1の大きさで全長は約6メートルもある。船体のカーブなど造形技術の高さに驚かされる。

須賀川をイメージした街のミニチュアセット。今にも動き出しそうだ(須賀川特撮アーカイブセンターで)
須賀川をイメージした街のミニチュアセット。今にも動き出しそうだ(須賀川特撮アーカイブセンターで)

 英二はこれをプールに浮かべ、送風機で波を立てながら撮影したのだと、センター長の須田元大(もとお)さん(61)に教えてもらった。映画「男たちの大和/YAMATO」」(2005年)で使われた戦艦大和、東京タワー、大阪城天守閣、ガスタンクや高圧鉄塔の模型、それに街のミニチュアセットもある。窓の汚れや街路樹の葉まで気を配った精巧なつくりで、いつまで眺めていてもあきることはない。

 特撮の模型やミニチュアは散逸しつつあり、特撮の文化を守っていこうと、昨年11月、英二にゆかりのある須賀川に、このセンターができたそうだ。収蔵品は約1000点に上る。

 「自分たちで何でも一からつくっていく職人気質(かたぎ)に感激しますよね」。須田さんの言葉を聞きながら、もう一度、昔の特撮番組を見たいと思った。

▽円谷英二ミュージアム 0248・73・4407

▽須賀川特撮アーカイブセンター 0248・94・5200

*いずれも火曜休館

プロフィル
広中 正則
(ひろなか・まさのり)
1970年9月、山口県岩国市生まれ。93年、読売新聞東京本社に入社し、宇都宮支局に。以降、地方部内信課、社会部、教育部などを経て、2020年9月から福島支局長。単身赴任の気楽な立場を生かし、福島県内の59市町村すべてに足を運ぼうと、休日のたび観光ガイドを繰っている。

■「We Love みちのく」記事一覧はこちら

無断転載・複製を禁じます
1985217 0 We Love みちのく 2021/04/15 12:00:00 2021/04/15 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210412-OYT8I50063-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)