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福島・会津で焼き物の里を巡る

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福島支局長 広中正則

体験工房で「手びねり」に挑戦

 福島県には、会津や浜通りに陶磁器の産地(窯場)がある。江戸時代の藩政の頃から続いてきた伝統工芸に触れてみたいと、ゆかりの地を歩いてみた。

陶主の曲山輝一さんが電動ろくろでマグカップをつくる様子を見ることができた
陶主の曲山輝一さんが電動ろくろでマグカップをつくる様子を見ることができた

 福島県西部に位置する会津若松市。4月下旬、白虎隊自刃の地として知られる飯盛山に近い会津慶山(けいざん)焼の窯元を訪ねた。

 16世紀末の安土桃山時代、領主となった蒲生氏郷(がもううじさと)が九州から呼び寄せた陶工に城郭の屋根瓦を焼かせたのが起源とされる。戦後まもなく途絶えたが、先代陶主の曲山(まがりやま)靖男さん(79)が1974年(昭和49年)に再興したという。

手回しろくろを回し、酒器づくりに挑戦。厚さがそろっていないと、焼いたときにゆがみが出てしまうという
手回しろくろを回し、酒器づくりに挑戦。厚さがそろっていないと、焼いたときにゆがみが出てしまうという

 ケヤキや稲のもみ殻を焼いた灰を原料とする釉薬(ゆうやく)を使い、紫や紺といったやわらかな色調で知られる。店に並んだ花瓶や茶わん、コーヒーカップやボウル……。ながめていると、手にとって使ってみたくなる。

 「(作陶の)工程を理解するには、やってみるのが一番です」。二代目の曲山輝一さん(45)に勧められ、体験工房で「手びねり」に挑戦した。会津の地酒を自作の器で飲みたいと、ぐい飲みを作ることにする。

 まず、手回しのろくろに、よく練って空気を抜いた粘土の玉を置く。市内で採った土から不純物を取り除き、腰を出すために1年間寝かせたものだという。

 「親指の第1関節ぐらいまで埋めてください」「残り4本の指を使って穴を広げていきます」。陶工の一人から指導を受け、成形していく。厚さにむらが出ないように同じ力加減にするのがなかなか難しい。何周も、何周もろくろを回し、徐々に薄くしていく。土に触っていると無心になれるのがいい。底や口縁の部分を整え、30分ほどで体験を終えた。

会津慶山焼はピンクに近い紫や紺といった落ち着いた色調が特徴。「日常で使ってもらえる器」を目標に掲げる
会津慶山焼はピンクに近い紫や紺といった落ち着いた色調が特徴。「日常で使ってもらえる器」を目標に掲げる

 この後、約5日間乾燥させてから余計な部分を削り、600度ほどの温度で素焼きをする。そして、釉薬をかけて1270度ほどで1日半の本焼きをするという。焼き上がった器は約2か月後に渡してもらえるというから楽しみだ。

 先代の靖男さんに話を聞くと、元々は会社勤めだったそうだ。工芸品好きが高じ、地元の寺院に残っていた作品や文献をもとに、知り合いの陶工らの助言も得ながら復元を試みた、というので驚いた。文字通り、寝食を忘れて打ち込まれたに違いない。「窯の()き方を変えると、発色が変わる。焚き方は企業秘密の部分」――。輝一さんからそんな話も聞かせてもらった。窯場に足を運んでこその面白さだろう。

「おいで、おいで」…笑う鬼瓦

 慶山焼の窯元から車で30分ほどの会津美里町に足を延ばした。やはり蒲生氏郷が屋根瓦を製造させたのが始まりとされる会津本郷焼の13の窯元が点在している。美術品からモダンな日用品まで扱う品は様々だという。まず、町の「会津本郷焼資料展示室」を訪ね、観光ガイドの小林覚さん(79)から説明を受けた。

会津本郷焼の資料展示室では、観光ガイドの小林さんが歴史や文化について説明してくれた
会津本郷焼の資料展示室では、観光ガイドの小林さんが歴史や文化について説明してくれた

 「鬼瓦は、威嚇して魔物を寄せ付けないのが目的ですが、これはどう見ても『おいで、おいで』と笑っている。会津の人は人がいいんですね」――。そんな調子で、江戸時代の屋根瓦から、明治以降に欧米に輸出された花瓶や急須、1958年(昭和33年)の万国博覧会で陶芸類グランプリに輝いた(にしん)鉢(鰊の山椒(さんしょう)漬けをつくる時に使用)を見ていく。陶石を主原料とした磁器も手掛ける本郷焼では、電柱と電線の間に取り付ける絶縁体の碍子(がいし)を生産した歴史もある、というのは意外だった。

 近くの山の斜面にある「登窯(のぼりがま)」も案内してもらった。窯元の一つ、宗像窯が江戸時代中期に築いたとされ、全長20メートル、幅5メートル。窯は斜面を登るように7室あり、松の(まき)を燃やした熱で温度をだんだん上げていく仕組みだ。東日本大震災で一部崩壊したが、修復され、今も何年かに一度は使われているという。

江戸中期に築かれたといわれる宗像窯の登窯。東日本大震災で一部崩壊したが、修復された(福島県会津美里町で)
江戸中期に築かれたといわれる宗像窯の登窯。東日本大震災で一部崩壊したが、修復された(福島県会津美里町で)

 今はもう残っていない別の登窯の話だが、一度に1万5000個の土瓶を入れ、18トンほどの薪を50時間燃やし続けたという資料を、小林さんが見せてくれた。精魂込めたものづくりの現場が目に浮かぶようだった。

 福島県の浜通りには、相馬中村藩の時代から300年以上続く大堀相馬焼もあり、東京電力福島第一原発事故後、窯元は散り散りになりながらも再開しているそうだ。二重構造で熱いお茶などでも持ちやすくする「二重(ふたえ)焼」という独特の製法も見てみたい。近く訪れるとしよう。

▽会津慶山焼窯元=電話0242・26・2507、年中無休

▽会津本郷焼資料展示室=電話0242・56・4882、コロナ禍で休館とすることがあるため、訪問前に確認を

プロフィル
広中 正則(ひろなか・まさのり)
1970年9月、山口県岩国市生まれ。93年、読売新聞東京本社に入社し、宇都宮支局に。以降、地方部内信課、社会部、教育部などを経て、2020年9月から福島支局長。単身赴任の気楽な立場を生かし、福島県内の59市町村すべてに足を運ぼうと、休日のたび観光ガイドを繰っている。

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2095825 0 We Love みちのく 2021/06/03 12:00:00 2021/06/03 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210531-OYT8I50058-T.jpg?type=thumbnail

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