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小島の浮かぶ浅瀬はいずこ…秋田・九十九島を訪ねて

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秋田支局長 田中成浩

秀麗無比なる鳥海山のふもと

 米どころで知られる秋田は、田植えも終わり、すくすくと育つイネが風景を青々と染め上げている。一面真っ白で寒さに悩まされた雪の季節がうそのようだ。そんな中をある「風景」を求めて、県南へ向かった。

田植えで水を張った田んぼに九十九島と鳥海山が映る(5月15日)
田植えで水を張った田んぼに九十九島と鳥海山が映る(5月15日)

 「 九十九(くじゅうく) 島」。秋田へ赴任したばかりの昨年末、道路地図を見ていて、目に飛び込んできた景勝地のサイン。さては日本三景の松島、あるいは長崎県の九十九島のような景色なのか。イメージを勝手に描きながら、秋田の「九十九島」を訪れた。

 九十九島(にかほ市 象潟町(きさかたまち) )について正確に学ぼうと、まずは象潟郷土資料館に向かった。秋田市から海沿いの道を南下していくと雄大な鳥海山が近づいてくる。秋田県民歌の冒頭に「秀麗無比なる 鳥海山よ」と歌われる名峰だ。県民となったからにはいずれは登ってみたい、などと思っているうちに資料館に到着した。

噴火の土砂で生まれた潟が隆起、水田開発

 さて、この地に島々ができたのは、約2500年前らしい。鳥海山の噴火(紀元前466年)による山体崩壊で山頂付近から崩れ落ちた大量の土砂が日本海を埋め立て、数々の小島のもとになった。一帯が潟(浅瀬)となったことで独特の景観が作られたという。

 平安時代のころから歌に詠まれるようになり、能因法師、西行法師、松尾芭蕉、小林一茶など、数多くの文人が訪れている。象潟は、日本を代表する一大名所だったのだ。

島々の木には、地震に耐えて今も残るものもあるという
島々の木には、地震に耐えて今も残るものもあるという

 資料館には、その様子を描いた 屏風(びょうぶ) 絵や、往時を再現したパノラマも展示されている。当時の象潟は、たくさんの小島が浮かぶ浅瀬だった。なるほど、それらを見る限り、松島と並び称されたというのも納得の景観だ。

 風景が一変したのは、文化元年(1804年)の象潟地震。一帯が隆起し、潟の水は外洋に流れ出て干上がり、点々とした島々は、木々が茂る小さな山々になった。「奥の細道」で詠まれた元禄2年(1689年)から100年余りのちのことだ。そして、かつて水面(潟)だったところは、水田として開発された。

 ということは、頭の中で水田を水面に置き換えれば、文人の見た光景を追体験できることになる。水面(今は水田、田園地帯)に点在するたくさんの小島――。記憶やイメージが薄れる前に、現場へ移動してみよう。

「島」を命がけで守った和尚

蚶満寺の参道。松並木が当時の雰囲気を伝える
蚶満寺の参道。松並木が当時の雰囲気を伝える

 まず訪れたのは 蚶満寺(かんまんじ) 。道の駅・象潟から少し歩いて、踏切を渡ると参道だ。立派な山門までは、公園のようになっていて、松尾芭蕉の銅像が迎えてくれる。ベンチも設けられており、ゆっくりと往時を (しの) ぶことができる。松尾芭蕉も滞在したと伝えられる 古刹(こさつ) で様々な話が伝えられているが、ここでは触れずに、代わりに景観にまつわる逸話を紹介しよう。

 象潟地震で一帯が陸地化したあとに、開発に乗り出した本荘藩は少しでも水田を広くしようと、「島」も取り除こうとした。これに対して象潟を寺領としてきた蚶満寺の覚林和尚は命がけで反対し、そのために獄死したが、おかげで景観は守られたという。

花見島に上ると九十九島と鳥海山が一望にできる。イネもすっかり伸びた(6月17日)
花見島に上ると九十九島と鳥海山が一望にできる。イネもすっかり伸びた(6月17日)

芭蕉の気分で島々の間を散策

 九十九島には、歩いて巡るルートもいろいろ用意されている。ゆっくりと島々の間を芭蕉と同じく小舟で行ったつもりになって、散歩するのも良いだろう。青々とした水田を渡る風が心を癒やしてくれる。

 寺からは少し歩くが、JR東日本のCMに取り上げられた花見島もお勧めだ。天候に恵まれれば、雄大な鳥海山を背にした九十九島を見渡せる。島に上ることもでき、ここからの眺めもまた良い。

水田ののどかな風景に癒やされる
水田ののどかな風景に癒やされる

 島々を眺めながら歩いて気が付いたのは、そこに生えた立派な木々だ。太い幹から個性ある枝を伸ばし、しっかりと岩に根を張っている。象潟地震の後も守られてきた景観。目の前の松は、かつて芭蕉らも目にしたかもしれない。そんな思いを巡らせていると、時間が () つのを忘れてしまいそうだ。

 秋田の九十九島は、象潟地震前のいにしえの情景を思い浮かべ、意識をタイムスリップさせることで、のどかで美しい景色がより味わい深いものになった。

プロフィル
田中 成浩(たなか・なるひろ)
1965年3月7日、東京都生まれ。89年、読売新聞東京本社に写真記者として入社。以来、写真畑を歩む。これまでの赴任地は大阪、名古屋で東北地方は2020年11月からの秋田が初めて。みちのくの自然や文化を知るにつけ、写真に記録したい思いに駆られている。

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使い方
2205095 0 We Love みちのく 2021/07/15 12:00:00 2021/07/15 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210713-OYT8I50054-T.jpg?type=thumbnail

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