〈続・伊達なジャズ喫茶4〉「俺は町場で」元記者、いつの間にやらのめり込み…仙台・キジトラ珈琲舎

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 長髪にヒゲ、いかにも仙人という風体からは想像しにくいが、「キジトラ珈琲舎」(仙台市青葉区)のマスター、伊藤誠さん(61)は元新聞記者だ。宮城県の地元紙・河北新報で論説委員まで務めた。

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伊藤さんは元新聞記者。「町場で生きたい」と店を開いた
伊藤さんは元新聞記者。「町場で生きたい」と店を開いた

「ジャズもよくかかる、コーヒーがうまい音楽喫茶」

 商店街の雑居ビル5階、窓から陽光が入り込む店内は、一見するとしゃれたカフェ。奥には入り口に背を向けるようにビンテージのスピーカーが構え、壁に反射した音楽が店内を満たす。女性ボーカルもののジャズが流れていると思っていたら、いつの間にか激しいパーカッションの独奏に切り替わる。どこの国とも知れぬ民族音楽のレコードが積み上がり、脇には山下達郎のCDが転がっている。「ジャズ喫茶というと、神棚があって、ジョン・コルトレーンがおまつりしてあるのがよくある形。そうじゃなくて、 八百万(やおよろず) 系ですわ。ジャズ喫茶というより、ジャズもよくかかる、コーヒーがうまい音楽喫茶です」と、伊藤さんは説明する。

 しかし、元論説委員がなぜ音楽喫茶を? もちろん、昔から「やれたらいいな。宝くじが当たったらすぐにでも」という思いはあった。しかし一番のきっかけは、全国の同業者の会合で、国家の政策などを談論風発する様子を見て「俺は町場で生きていかないといかんのではないか」と悟ってしまったから。52歳で早期退職し、2013年、この店を開いた。

田んぼに囲まれた職場で音楽三昧の日々

店の玄関。「おいしい珈琲」の言葉は看板にもある
店の玄関。「おいしい珈琲」の言葉は看板にもある

 生まれも育ちも仙台で、東北大学に入学するとジャズ浸りの日々が待っていた。夜はジャズバーでアルバイト。皿を洗いながらレコードを聴き、森山威男や板橋文夫の生演奏に間近で触れた。フリージャズをこよなく愛しつつも、一番のお気に入りはバス・クラリネットにサックス、フルートを吹いた米国のマルチ奏者、エリック・ドルフィー。「最初はコルトレーンだの、マイルスだのを聴くわけで。でも、コルトレーンのアルバムに参加していたドルフィーのソロを聴いて、『この人の方が偉いんじゃないか』と思った」と話す。

 1985年、新聞社に入社して記者に。赴任した宮城県志津川町(現・南三陸町)の支局は田んぼに囲まれ、周囲に家がなかったのをいいことに、高級オーディオ機器をそろえて音楽三昧の日々を送った。記者としての本能か、ジャズを中心としながらも、当時流行していたポップスからクラシックまで興味のむくまま貪欲に聴き (あさ) り、レコードやCDが積み上がっていった。その後は音楽関係を取材する学芸部を希望したがかなわず、紙面編集を手がける整理部が長い記者人生だった。

カウンターに立つ伊藤さん。新メニューの開発にも余念がない
カウンターに立つ伊藤さん。新メニューの開発にも余念がない

 2010年には、伏線となる出来事があった。ジャズ喫茶黄金時代に使われていた米JBLのスピーカーを、ネットオークションで10万円で落札したのだ。50年ほど前の機器で、きちんと動くかは賭けだった。恐る恐る鳴らしてみると、迫力ある音に圧倒された。「店がやれるんじゃないか」というくらいに。

 そして翌年、東日本大震災が発生。志津川時代に付き合いのあった人たちが、南三陸町の防災対策庁舎で亡くなった。社が震災報道に尽力する中、「俺は泥かきのひとつもしてないぞ」という思いが「町場で生きたい」との願いにつながっていった。

「音量下げて…」ぐっと我慢、でもボリューム絞らず

 飲食業の経験は学生時代のアルバイトだけだったので、全て独学だ。フレンチトーストから始め、仙台市出身のスパイス料理研究家、印度カリー子さんの本を読んでカレー作りに没頭した。コーヒーは自家 焙煎(ばいせん) 。これも記者出身だからか、「深掘りが好きで、ついメニュー開発にのめり込んでしまう」というが、その性分がプラスに働いているようだ。

SNSで「キジトラ珈琲舎」と検索するとなぜかよく出てくるクリームソーダ
SNSで「キジトラ珈琲舎」と検索するとなぜかよく出てくるクリームソーダ

 SNSで店名を検索すると“映える”クリームソーダが出てくるものだから、ここを音楽喫茶と知らずに来る客も多い。おしゃべりに夢中の人たちから「音量を下げて」と求められると言い返したくもなるが、ぐっと我慢。でもボリュームは絞らない。

 米サックス奏者、チャーリー・パーカーから森田童子と、曲は前触れなく切り替わっていく。無作為のようで、実はきちんとキュレーション(整理・選別)をし、時代背景や文脈を踏まえて音楽をかけている。はやりの音楽は苦手でも、「うちの持っている音楽は、博物館的ジャズなわけだ」と胸を張って言い切る。ジャズをたしなむ学生が店に来た時は、「(1954年に横浜のクラブで行われた、当時の先鋭日本人ジャズミュージシャンによる幻の演奏)『モカンボ・セッション』のレコードをかけたら感動してくれてさ。次に仲間を連れてきて『あれかけてください』と言われた時は、ほんまもんはすごいな、と思った」と感慨深げに振り返る。自分から客にはあまり話しかけないが、何か聞かれたら「聞かれた以上に答える。そして嫌がられる」。

 伝えたいのは、「イヤホンを外そうよ」ということ。スマホにイヤホンで音楽を聴くスタイルが主流になりつつある中、音楽のうまみは、スピーカーによる空気の振動だと思っている。それに何より、「1人で聴くより、2人で聴いた方がいい。映画だって映画館で見て、その後喫茶店で語り合ってくれれば、うちがもうかる」。そこまで言って、「はっはっは」と豪快に笑った。(読売新聞東北総局 鶴田裕介)

【メモ】仙台市青葉区一番町2の7の3ベアービル5階。水曜定休。022・796・3933

※この記事は、2021年11月19日から12月2日にかけて読売新聞宮城県版に掲載した連載記事に加筆・修正したものです。冬の特別編として、5回(予定)に分けてお届けします。

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