〈続・伊達なジャズ喫茶5〉丸裸になっても音楽は残った「もう好きなことだけやろう」…宮城県東松島市・ABBEY ROAD

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 隠れ家レストランのようにひっそりとたたずむ予約制のジャズ喫茶「ABBEY ROAD」(宮城県東松島市)には、流す音楽の中心はジャズでもオールジャンル持ち込み可、との信条がある。それは、マスターの斎藤良一さん(67)が築き上げた音響システムへの確かな自信から来るものだ。「どんなソースでも守備範囲だよ」。そんな言葉に誘われて、記者もお気に入りの一枚を持ち込んでみると――。

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店の奥に鎮座する米JBLのスピーカー群が斎藤さんの音響システムを支える
店の奥に鎮座する米JBLのスピーカー群が斎藤さんの音響システムを支える

持ち込み自由「ポップスもロックもレゲエも、全ジャンルいい音で」

 石巻港近くの住宅街の一角。納屋だった建物の2階は元々、斎藤さんが個人で音楽に浸る鑑賞室として使っていた場所だ。薄明かりの階段を上がり、扉を開ける。ジャズの名盤を描いた水彩画が壁を飾る部屋。その奥に、まるで 要塞(ようさい) のような米JBLのスピーカー群が鎮座する。「高級外車1台分をつぎこんだ」というオーディオシステムは、低音から高音までの音域を重厚に、そして軽快に鳴らし分ける。

店は閑静な住宅街の一角にひっそりとたたずむ
店は閑静な住宅街の一角にひっそりとたたずむ

 何でも好きな一枚を。そう言われてシンガー・ソングライター折坂悠太のEP「あけぼの」を持ち込んだ。聞こえてきたのは、ギターの木の余韻、指の () う弦の高鳴り、足踏み、そして息づかい。奏者がすぐそこにいるかのような感覚に、思わず息をのむ記者の姿を見て、斎藤さんはにやりと笑った。「突きささるようなポップスも、ロックも、レゲエも、全ジャンルいい音で。この店の価値基準はそこだね」

震災で師と仰ぐ社長失い、会社も廃業…自宅改装し開業へ

 あの日以前は、石巻市で農水産関連の流通を手がける会社の役員をしていた。月のほとんどは取引先への出張続き。入社以来、我が子のように目をかけてくれる社長の期待に応えたい一心で、企画、営業、何でもやった。働きづめの毎日でも音楽は常に隣にあった。出張先で時間を見つけてはライブハウスに通い、帰宅すれば相棒のJBLでジャズの巨人、デューク・エリントンに耳を傾けた。

レコード棚には2000枚ほどが並び、斎藤さんは客の様子を見ながら1枚を選び取る
レコード棚には2000枚ほどが並び、斎藤さんは客の様子を見ながら1枚を選び取る

 多忙ながら充実した日常は突然絶たれた。2011年3月、海から約200メートルの場所にあった会社は、東日本大震災の津波で全壊。自宅も水につかった。何より、師と仰ぐ社長が1週間後に遺体安置所で見つかった。失意の中、会社は廃業になった。

 「丸裸」になっても、音楽は残った。2階の鑑賞室は無事だったのだ。「もう好きなことだけをやろう」と、自宅の片付けと並行して自らの手で1年半かけて改装し、12年12月に店を開いた。

 店名はビートルズの名盤から。中学2年生の時に初めて買ったレコードだ。ごった煮で音楽を聞いてきた自身の原点ともいえるアルバム名に、ジャズに限らず幅広いジャンルを楽しんでほしいとの思いを込めた。

「ラジカセの方が聴きやすい」痛烈な一言にシステム見直し

コーヒーには手選別のブレンド豆を使っており、芳醇(ほうじゅん)な味わいが特徴。おかわり自由で種類豊富なお供もついてくる
コーヒーには手選別のブレンド豆を使っており、芳醇(ほうじゅん)な味わいが特徴。おかわり自由で種類豊富なお供もついてくる

 「見切り発車だった」という。店はすぐに行き詰まった。マニアがレコードを持ち込んでリクエストしては、思ったほどの音質ではないとでも言いたげな顔をする。ポップス好きの妻からは「ラジカセの方が聴きやすい」との痛烈な一言を食らった。熟慮の末、何年もかけて構築したシステムを一から見直すことにした。

 低・中・高の3分割から低音域をさらに二分し、別のスピーカーから流す。素早い音の立ち上がりと豊かな余韻の黄金比を求めて出した結論だった。「ほとんど聞こえない音も生々しさに影響している」。地鳴りのように低い40Hz付近の再生にも腐心した。機材調整に徹夜を重ね、霧が晴れたと感じたのは3年ほど前。

自ら描いた名盤のジャケットに囲まれながら斎藤さんは今日もカウンターに座り、客をもてなす
自ら描いた名盤のジャケットに囲まれながら斎藤さんは今日もカウンターに座り、客をもてなす

 ある常連客は「東芝盤にキング盤。同じアルバムでも発行元のレコード会社による音の違いがここに来て初めて分かった」と舌を巻く。収録現場を「鏡に映す」ように再現した音質に、マニアも大きな顔はしなくなった。

 震災で多くを失い、自分の道を進むと決めて10年になる。かつて独りの世界に没頭するためにあった趣味の鑑賞室に、今では喜びを共有する客が全国から集う。「音を看板にしなきゃ、ここまでたどり着いていなかった」。孤高の人の理想の音の追求は、店として外に開かれたことで完結した。(東北総局 長谷川三四郎)

 【メモ】東松島市赤井川前3の169の28、三陸自動車道石巻港インターチェンジ(IC)から車で2分、JR仙石線陸前赤井駅から徒歩7分。不定休。要予約。(電)090・7527・6705

 この記事は、2021年11月19日から12月2日にかけて読売新聞宮城県版に掲載した連載記事に加筆・修正したものです。冬の特別編としてお届けします。

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