完了しました
あれは確か中学2年の頃。近所の電器店に、パイオニアのスピーカーを買いに行った。しかし若い店員から「ダメだ」と

エネルギーに満ちた快活ではじけるような音
東北最大の河川・北上川が大きくうねり、険しい山々が気仙沼や南三陸といった沿岸部とを隔てる。登米市のジャズ喫茶「

おそらく明治時代からという築年数不明の民家。広間には、サイコロのような黒い丸がいくつもはめ込まれたスピーカーが並ぶ。マスターの渡辺信也さん(66)があの少年時代の出来事以来、愛用する「P―610」を24発も使い、自作したものだ。
ジャズの帝王、マイルス・デイビス晩年の作品「デコイ」が流れる。快活ではじけるような音は、エネルギーに満ちている。休みの日には巨大なスピーカーを3センチ単位で動かし、隙間に綿を入れて響きを調整。コロナ禍で客足が鈍るといよいよ音の調整に余念がなくなり、「どんどん音がよくなった」と笑いながら語る。
「こんな店、まともな人はやんねえんだって」

渡辺さんは登米市職員を定年退職した2016年、空き家だった古民家を借りてジャズ喫茶を始めた。
高校卒業後、神奈川の会社に就職した。会社の寮は6畳一間の2人部屋。みんな窓を開け放って好きな音楽を流すものだから、混ざってカオスな状態になった。
「オーディオと車を持つことが、男のステータスだった」という時代。他人との違いは、中学時代から「P―610」一筋だったことだ。高級機を次々乗り換えるのはオーディオマニアの本能だが、渡辺さんは浮気しなかった。生産中止の報を聞くと保存用にと16個も買い置きした。
職を転々とし、36歳で登米市職員に。定年を前に、手元のスピーカーで「ジャズ喫茶をやりたい」という気持ちがムクムクと膨らんだ。渡辺さんの欲求はジャズというより、名スピーカーの音を知らしめたいということに尽きるようだ。

もう売っていない古いスピーカーに、なぜここまでこだわるのか。そう尋ねると、渡辺さんは「こいつを鳴らしている時、音楽ではなく、演奏者が何を考えているかを聴いている。人の心が見える気がする」と真顔で答えた。各地から珍しい音を求めるマニアが訪れ、定休日でも連絡があれば店を開けるのは、「こっちの方が楽しませてもらっているから」。この記事の取材が終わった後も、オーディオ談議は深夜まで続いた。
ところで、変わった店名の由来とは? 「『おだづなよ』という方言があるんです。ふざけんなよ、という意味。こんな店、まともな人はやんねえんだって」。言い得て妙だ。(読売新聞東北総局 鶴田裕介)
【メモ】登米市中田町浅水鮎川田227。日曜、月曜定休。電話090・6685・0274。
※この記事は、2021年11月19日から12月2日にかけて読売新聞宮城県版に掲載した連載記事に加筆・修正したものです。冬の特別編として、7回(予定)に分けてお届けします。