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    柳屋奉善=松阪市

    • 干菓子の木型、上生菓子を運んだ行器などを飾っている岡さん
      干菓子の木型、上生菓子を運んだ行器などを飾っている岡さん

     岡みどりさん(60) 歴史・文化知る一助に

     1575年(天正3年)に創業そうぎょうし、銘菓めいか老伴おいのとも」で知られる老舗しにせ和菓子わがし店「柳屋奉善」。併設へいせつする喫茶きっさ店「楊柳園ようりゅうえん」との間の廊下ろうかには、昭和30年代まで使われていた和菓子作りの道具100点以上が所狭ところせましとかざられている。げ目の付いた鉄せいの焼き型など、使いまれた様子がうかがわれるものばかりだ。

     老伴は、もなかの皮を受け皿に、羊羹状ようかんじょうのものを流し込み、表面を糖蜜とうみつで固めた和菓子。製造工程せいぞうこうてい現在げんざい、大半が機械化されているが、昭和中期までは職人しょくにんがもなかを一つずつ、焼き型を使って手作りしていた。

     菓子作りに使った木製の型わくも約100点ならぶ。季節や行事に合わせて、多種多様の模様もようられている。漆塗うるしぬりや螺鈿らでん作りの器「行器ほかい」は、江戸えど時代、上生菓子じょうなまがしを客の家に運ぶのに使われていたという。

     出身は埼玉さいたま所沢ところざわ市。夫で、店の17代目・久司ひさしさん(62)は元々、東京の展示てんじ装飾そうしょく会社の同僚どうりょうだった。交際こうさい中に土産みやげ品として「老伴」をプレゼントされ、「片面かためんはもなか、もう一方はあざやかな光沢こうたくを放つ赤い羊羹という趣向しゅこう衝撃しょうげきを受けた」とり返る。

     結婚退職けっこんたいしょく後、間もなく、久司さんが実家をぐことに。4世代が同居どうきょする環境かんきょうもと、4人の子どもを育てながら、工場で菓子職人を手伝うなど、老舗の文化を少しずつ学んだ。

     1996年、久司さんの両親が相次いで他界し、女将おかみになった。店の倉庫にねむっている古い道具に興味きょうみを持ち、次々とり出す中で、商店街の女将仲間とかつて視察しさつした伊賀いが市の取り組みを思い出した。

     同市では、名物の「堅焼かたやき」の製造風景や道具が一般いっぱん公開され、町おこしに一役買っており、自身も「松阪の歴史・文化を知ってもらう一助になれば」と、2008年秋、博物館を開設かいせつした。

     長男で、取締役営業とりしまりやくえいぎょう部長の一世いっせいさん(34)は現在、3代ぶりの職人兼経営けんけいえい者を目指している。「伝統でんとうを受け継ぎつつ、新商品も生み出していきたい」と、全国の老舗和菓子店の後継こうけい者でつくる会「本和菓衆ほんわかしゅう」にも参加。14年には、老伴の焼き型にクッキー生地を流し込んで作った「羊羹クッキー」など新作2点を東京の大手百貨店で発表した。

     「歴史あるものの中から新しいものを生み出す『温故創新おんこそうしん』こそが文化。伝統あるお菓子を通じて、物をゆっくりと味わうゆとりのある生活に価値かちを感じてほしい」と岡さん。伝統を生かしながら和菓子文化を発展はってんさせようとはげんでいる。

    吉富萌子よしとみもえこ

    • 老伴(大サイズ、直径11センチ)と、その焼き型
      老伴(大サイズ、直径11センチ)と、その焼き型

     <館長の一品>

     老伴の焼き型です。これで焼いたもなかの皮には、真ん中に「幸せを運ぶ鳥」とされる「鴻」、両側には「延」と「年」をかたどった文字が一つずつ刻まれ、「延年」は「不老長寿」を意味しています。宝物は色々ありますが、やはり400年以上、当店の看板を務めてきた老伴の焼き型が一番だと思います。

     【メモ】菓子作りの道具のほかにも、大正時代に作られた御殿ごてん飾りのひな人形、東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎの風景がえがかれた江戸時代の手あぶりなどを展示。和菓子作り体験の相談にもおうじている。

    →松阪市中町1877((電)0598・21・0138)

    →火曜休館。見学は事前予約が必要。開館時間は午前10時~午後5時。入館無料→JR・近鉄松阪駅から徒歩約7分

    2015年02月16日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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