執着心捨てる「放下着」

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 私は時々、抹茶を楽しむ。そのきっかけは、大学2年のとき、京都の大徳寺大仙院での経験。禅に興味があり、経験したいと思ったが、永平寺へ行くほどの覚悟もなく、おもしろそうな所をさがした。当時の住職は尾関宗園さん。手紙で頼んだら、快諾。

 夏休みに寺の近くに安宿をとって5日間通った。枯れ山水の手入れなどをしていたOさんのお手伝いが主だった。Oさんは日本画家志望で、とてもいい人。大仙院には見事な枯れ山水の庭がある。深い渓谷から出た水が河になり、大河になり、大海となる。

 3日目に住職から少しお話。いよいよ座禅かと思ったら、庭の草引きの指示。「これも禅だ」と。今はその意味がわかるが、「クソ坊主」と思った。4日目、寺の人から観光客相手に抹茶を出すように言われた。「やったことないです」と言うと、「いいから、人がいないので頼みます」と。あとでわかったが、住職の指示だった。

 簡単な手ほどきを受けて1日お茶の接待。多くは外国人観光客。とてもおもしろかった。最終日の5日目、草引きを進んでした。住職が「おもしろいか」と声をかけてきたので、「はい」と応じた。住職にお礼を言うと「いい精神科医になれ」とニッコリ。皆さんに挨拶あいさつをして失礼した。

 宗園さんは、住職を退かれたが、80歳を超えても変わらず元気。日常の様々なことで禅はできる。何かのために何かをするのではなく、事を完結させる。一体になること、それが禅。草引きもお茶も、何もかもが禅。一体になれば、みえてくる。今を精一杯に生きることだ。

 あれから40年、忍者の研究に関わって禅に再会。忍者は禅の考え方を取り入れていた。なかでも興味深いものが、「放下着ほうげじゃく」だ。放下とは捨てるの意で、着は強調の「!」に相当し、「捨ててしまえ!」ということ。

 捨てるのは、物事への執着心。執着心はあきらめない心にもなり、目標達成には重要だが、裏返せばストレスだ。そこで捨てることも必要。忍者は生き抜くことが最優先で、こだわりは死につながる。

 精神科医として、この考え方を現代人にも知ってほしいと思う。思い切って何かを捨てて生きる選択をすれば、過労死や自殺を回避できるかもしれない。

 忍者にとって放下着には通俗的な価値観を捨てるという意味もある。既成概念では人をだますことは悪だが、忍者としては善であり得る。忍者は確固とした背景を持ち、自己の価値観を持っている。

 社会で生きるには通俗的価値観は必要だが、すべてをそれに合わせる必要はない。通俗的価値観での敗者が、自己実現で勝利すれば、人生の勝者である。

小森照久・医学系研究科教授
小森照久・医学系研究科教授

小森照久・医学系研究科教授

 医学博士、精神科医。三重大卒。うつ病の病因、ストレス緩和を研究。著書に『忍者「負けない心」の秘密』など。

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51408 0 三重大発!忍び学でござる 2018/11/28 05:00:00 2018/11/28 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181128-OYTAI50000-T.jpg?type=thumbnail

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