読売新聞オンライン

メニュー

<171>日露辞書「忍はスパイ」

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

橘耕斎=筆者提供
橘耕斎=筆者提供

 忍者についての情報が、いつから海外に知られるようになったのか?

 英国の歴史学者ステフェン・ターンブル氏は、その著作『Ninja. Unmasking the Myth』(2017年)で、海外での忍者の知名度を測ろうと、何冊もの和英辞典を調べたが、1960年代以前には「忍者」(にんしゃ、にんじゃ、しのびのもの)のいずれも出てこない、と述べている。

 そこで私は、日露辞書を調べたらどうか……と思って、早速、手元にあるN・I・フェリドマン編『和露辞典』(1951年)をひもといてみたら、「密偵・スパイ」と解説される「忍びのもの」を見つけた。D・M・ポズドネエフ編さん『露譯漢和辭典』(1908年)にも「忍(しのび)」が「スパイ、匿名、我が身を他人の目に見えなくする魔法」と説明されることがわかった。

 更に遡れば、I・A・ゴシュケーヴィチと 橘耕斎たちばなこうさい (1820~85年)の共著である『和魯通言比考』(57年)には、既に「シノビモノ」という珍しい単語が見られ、簡単に「スパイ」と説明される。幕末期に編さんされ、「忍者(シノビモノ)」の存在を歴史ではなく、現在の一部分として捉えたこの本を更にめくってみたら、「目付(メツケ)」、「手裏剣(シュリケン)」、そして「目潰(メツブシ)」という、忍者研究家の心をときめかせる項目が確認される。

 どう考えても、語学を目的にする一般読者層のニーズを はる かに超える 語彙ごい と驚かざるを得ない。その背景には、編者ら自身の経緯があったのではないかと考えられる。

 橘は、蘭学と軍学に精通した浪人(元掛川藩士)であり、3回も監獄に入ったとされる。そして1855年に橘が、平和条約を結ぶために訪日したロシアの外交官ゴシュケーヴィチと知り合い、日本の地図などの軍事的資料を ひそ かに買うように頼まれる。

 そうするうちに、幕府の隠密に尾行されていると気付いた橘は、ゴシュケーヴィチの承諾を得て密かにロシア船に乗り込み、日本を脱出した。ロシアに渡ると、同地の外務省で翻訳家として勤務し、文久遣欧使節の接待に関わったとされる。

 そして、ゴシュケーヴィチとともにロシア初の本格的な和露辞典を 上梓じょうし し、ロシアにおける日本語学習の創始者になった。

 こんなスパイ小説めいた過去を持った編者なら、「忍者(シノビモノ)」の存在を身近に感じたであろう。手裏剣を使ったり、目潰しをかけられて逮捕されたりしたことも、想像に難くない。

 明治になってから、橘は日本に帰って母国で亡くなった。後に、忍者小説の作家、山田風太郎が「ヤマトフの逃亡」(1974年)という小説で、橘の生涯を取り上げた。

 クバーソフ・フョードルさん

 ロシア・サンクトペテルブルク国立大卒。2017年10月~19年3月、国際忍者研究センターで研究員を務めた。在野の研究者として活動を続けている。

無断転載・複製を禁じます
2152143 0 三重大発!忍び学でござる 2021/06/24 05:00:00 2021/06/24 05:00:00 橘耕斎=筆者提供撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210624-OYTAI50012-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)