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伊賀の乱 読み解く 信長軍侵攻440年

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研究家2氏 相次ぎ刊行

 織田信長らの軍勢が伊賀国(現在の伊賀、名張市)を攻めた「天正伊賀の乱」に焦点を当てた、2冊の書籍が相次いで刊行された。今年は乱から440年にあたり、謎に包まれた史実への関心が高まりそうだ。

大名不在 特殊性に焦点

新著「天正伊賀の乱」を手にする和田さん(奈良県で)
新著「天正伊賀の乱」を手にする和田さん(奈良県で)

 中公新書「天正伊賀の乱」(中央公論新社刊)は、奈良県大和高田市の戦国史研究家、和田裕弘やすひろさん(59)が書き下ろした。

 和田さんは、大学などに属さない在野の研究者で、信長研究をライフワークとしており、既に中公新書3冊を刊行。編集者の勧めで、2019年2月から伊賀の乱の史料収集や研究に取り組み、約1年半がかりで執筆した。

 まず、戦国大名の支配がなく、土豪たちによる連合組織・伊賀惣国そうこく一揆を形成した伊賀国の特殊性を解説。近隣の近江・六角氏、伊勢・北畠氏などとの関係に触れ、信長と伊賀の敵対関係を紹介した。

 次いで、第1次天正伊賀の乱では、信雄が父・信長の許可を得ず独断で伊賀に侵攻し、伊賀衆に撃退された経緯を記述。織田の大軍が伊賀を壊滅させた第2次の乱について考察し、本能寺の変の後に起きた第3次の乱にも触れた。関ヶ原の戦い、大坂の陣、島原・天草一揆など、その後の出来事も概観した。

 書状や日記などの一次史料が極めて少なく、軍記物「伊乱記」は信頼性の低い記述が多い。信長の一代記である「信長公記」や奈良・興福寺の記録「多聞院日記」など良質な史料をたどって実相に迫ったという。

 和田さんは「信雄が独断で侵攻した理由や、信長の軍の規模など、多くの謎が残されている。小説や映画で描かれるような『武士と忍者の戦い』という先入観をなくし、伊賀の乱の実態を見直すきっかけになれば」と話す。261ページ、税込み968円。(山本哲生)

73の城郭 役割分析

「織田信長の伊賀侵攻と伊賀衆の城館」を執筆した高橋さん
「織田信長の伊賀侵攻と伊賀衆の城館」を執筆した高橋さん

 一方、大阪府高槻市の城郭研究家、高橋成計しげかずさん(69)は「織田信長の伊賀侵攻と伊賀衆の城館」(アメージング出版刊)を執筆した。

 約20年前から伊賀地域で現地調査をしてきた蓄積があり、1年かけ、撮りためた写真や、作成してきた平面図を整理し、文献を読み込んで仕上げた。

 伊賀市などの城郭73か所を取り上げ、築かれた場所や遺構などを手がかりに、歴史上で果たした役割を分析。丘陵の斜面や先端に城館を築き、曲輪くるわを囲む土塁には、丘陵上からの攻撃に備えた櫓台やぐらだいを設ける形が多いことを説明している。

 第1次天正伊賀の乱では、「伊乱記」に国見山城(種生)に伊賀衆が籠城した記述があるが、高橋さんは、曲輪の周囲にある空堀の遺構などから、信雄側の陣城と考えた。

 また、第2次については、筒井順慶が北伊賀侵攻の陣を置いたという筒井氏城(予野)、籠城した伊賀衆が蒲生氏郷に攻められたとされる雨乞山城(下友田)などを紹介している。

 高橋さんは「伊賀の乱を知ることを通じ、地元の方々に先祖への誇りを持ってもらいたい。城郭を後世に保存していく機運が高まってほしい」と話している。

 A5判、180ページ、税込み1850円。問い合わせは、アメージング出版(050・3575・2199)へ。(尾崎晃之)

※天正伊賀の乱

 1579年(天正7年)9月、織田信長の次男で伊勢・北畠氏の家督を継いだ信雄が伊賀国を攻めて撃退された「第1次」と、81年9月、信長の軍によって伊賀国が焦土と化した「第2次」の戦い。82年の本能寺の変に続く伊賀残党の蜂起を「第3次」ととらえる説もある。第1次を主題とした和田竜さんの時代小説「忍びの国」が、大野智さん主演で映画化された。

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2110325 0 ニュース 2021/06/09 05:00:00 2021/06/09 05:00:00 2021/06/09 05:00:00 新著「天正伊賀の乱」を手にする和田さん(奈良県で)=山本哲生撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210608-OYTNI50022-T.jpg?type=thumbnail

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