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三重大名誉教授浜さん執筆

松尾芭蕉の研究者で、2020年12月に亡くなった三重大学名誉教授の浜森太郎さんの妻、千春さん(74)(津市)が、難病と闘いながら執筆した夫の最後の論文を世に出したいと、出版準備を進めている。自身の初エッセーと併せ、「芭蕉の花咲く庭」のタイトルで、三重大学出版会から月内にも出版する。(河野圭佑)
自身のエッセーも添える
浜さんは愛媛大の学生時代に芭蕉研究を始め、1977年、三重大教育学部国語科(当時)に助手として迎えられた。人文学部教授となり、63歳で退職するまで研究に打ち込んできた。
「奥の細道」などの紀行文が主な研究テーマで、芭蕉の真筆を1字ずつパソコンで読み取り、データベース化。96年に発見された芭蕉真筆の「奥の細道」に、別人の筆跡が含まれる可能性があることを突き止めた。「『野ざらし紀行』の成立」(三重大学出版会)など、生涯で13冊を著した。
千春さんは、浜さんと同じ愛媛県出身で、愛媛大のサークルで出会って73年に結婚した。芭蕉研究に情熱をささげる夫をそばで支えてきた。
浜さんは40歳を過ぎた頃、全身の筋肉が次第に衰える難病「筋ジストロフィー」を発症。55歳の時に車椅子生活になった。晩年は、薬の副作用で意識がもうろうとし、夜な夜なうなされた。手足が思うように動かず、全身の痛みが強まるなか、芭蕉が愛したとされる女性・
2020年1月頃に学術専門誌へ投稿したが、9月、不採用の通知が届いた。「査読した人が分かっていないんだ」。唇をかむ夫の姿が千春さんの脳裏に焼きついた。
その3か月後、浜さんは73歳の誕生日を目前に、息を引き取った。葬儀の場で千春さんが「日の目を見なかった論文が気がかりだ」とこぼすと、家族から「お父さんのことを書いてみたら」と勧められた。
専門的な内容の論文は、一般書にはなじみにくい。夫婦の出会いから別れまでをつづったエッセーを抱き合わせて世に出しては――という提案。千春さんはその夜、悲しみに暮れながらも、気がつくとペンを握り、執筆を始めていた。
出会ってからの54年間をつづったエッセーは昨年9月末に書き上がり、今、編集作業が大詰めを迎えている。著書を出すたび、「ベストセラーにならないかなあ」と話していた夫を思い出し、千春さんは「その夢をかなえてあげたい」と思う。
「芭蕉の花咲く庭」の出版費は、 クラウドファンディング で28日まで募っている。目標額の120万円は近く達成される見通しという。