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今年5月に79歳で亡くなった四日市公害の教訓を伝える市民グループ、四日市再生「公害市民塾」代表の山本勝治さんのお別れの会が25日、四日市市内で開かれた。
山本さんは1971年、四日市コンビナート内の企業に勤めながら、「四日市公害と戦う市民兵の会」に参加。公害の記録人で語り部だった沢井余志郎さん(2015年死去)に誘われ、2005年から市民塾の語り部として活動し、13年に代表になった。
お別れの会には、山本さんと親交のある約30人が参列。遺影に黙とうし、1人ずつ献花して別れを惜しんだ。この後、山本さんの語り部活動を写真や映像で振り返った。
かつて津市内の小学校で開かれた出前授業で山本さんの話を聞いた片岡千佳教諭(56)は、「四日市公害の話が具体的でわかりやすかった。子供たちも真剣に話を聞いていたのが印象的だった」と話した。
市民塾メンバーの伊藤三男さんは「山本さんの遺志を引き継ぎ、四日市公害を後世に伝える活動をしていきたい」と力を込めた。